ノート:ギリシア神話

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    「ギリシャ」と「ギリシア」の表記法

    現在、ウィキペディアでは「ギリシャ」と「ギリシア」の表記法が混在しています。Wikipedia:記事名の付け方/ギリシャとギリシアで「ギリシア」に統一するという案が出ています。よろしければ #ギリシアで統一する案について にコメントをお願いします。miya 2005年3月2日 (水) 05:31 (UTC)返信[返信]

    Wikipedia:記事名の付け方/ギリシャとギリシアにおける議論に基づき、この項目名をギリシア神話に変更したいと思います。ご意見をお願いします。miya 2005年4月4日 (月) 06:56 (UTC)返信[返信]
    (賛成)あちらでの議論には参加しておりませんでしたが、変更後REDIRECTでよろしいかと思います。記事のスタブっぷりは深刻ですね・・・勉強し直そうかな・・・__ Okc 2005年4月5日 (火) 03:23 (UTC)返信[返信]

    フランソワ・ジェラールの…

    ルーヴル美術館に展示されているフランソワ・ジェラールの作品で「プシュケとアモル」という1798年に描かれた絵があるのですが、それがたしかギリシア神話の基づいて描かれたものだったと思います。その基になった神話を探しているのですが、、判らないでしょうか。

    アモルはローマ神話なんですが。。オウィディウス変身物語』のエピソードですね。なお質問はProject:ヘルプデスクへお願いします。--Aphaia 2005年8月5日 (金) 12:31 (UTC)返信[返信]

    改稿に関するメモ

    • 改変前の内容[1]
    • 内容の重複を避ける。全項目でヘシオドスに触れている現状は明らかに異常なので、何とかまとめたい。
    • 過剰なギリシア語表記を避ける。例えば、「イリアス」などは独立した項があるので、綴りを知りたければイリアスを見ればよいし、「イーリアス」のような異表記も不要。改名が提案されれば賛成票を投じるが、それまでは、wikipediaにある項目名を尊重し、リンク機能の乱用は避ける方向で。
    • 内容に関する具体例つける。ギリシャ神話の固有名詞一覧によって固有名詞が全て移動されてしまったので仕方がないと思うが、神々や英雄の説明ではゼウスヘラクレスくらいは出した方が理解しやすいと思う。
      • 「世界の起源」でも神々は出てくるのだから、無説明で「神々」「英雄」と区別できたつもりでいるのは、独りよがりだと思う。分類名も「原初の神々」みたいな表現の方がいい。
    • 追加の内容について
      • アジアと宗教
      • 現代社会への影響に言及してしまったので、その後に現代日本における実情を書くと綺麗にまとまる。
        • ブルフィンチの野上弥生子訳(岩波)のあとがきで、夏目漱石が、ギリシア神話は日本でほとんど知られていない云々と書いていた気がするが、手元にないので確認できない。別の本だったかも。
    • その他の細かいこと
      • 「それは、後述するように、主に二つの系統が存在する。」->系統については後述されていない?なぜ?叙事詩 v.s.系統的(中国の紀伝体v.s.編年体のようなニュアンス)なら前述であるし、あの箇所で議論を展開するには及ばない。

    Torisugari 2006年8月5日 (土) 21:01 (UTC)返信[返信]


    • 「典拠著作・作者」の内容で、ギリシア神話を題材とした文学作品一覧に挙げられていなかったものをそこに追加した。だから、「典拠著作・作者」はもう消してもいいと思う。
    • ただ、パウサニアスについては迷っている。ギリシア神話そのものに対する資料ではなく、本文でたまたま言及しているから、という印象が。

    --Torisugari 2006年8月12日 (土) 07:59 (UTC)返信[返信]

    ギリシア神話とは何か

    簡単に述べると、「神話」は人の魂のなかにある原型集合であり、それの外在化を、神話の物語と呼ぶのです。「ミュートロギア」の説明をしているのは、「神話を語る」という行為で、神話が具体的な言葉となることを、ミュートロギアというという話です。また、このように語られて来て、神話が具体的な姿を持ち始めると、それを整理したり、系統立てたりする作業が起こってくるのであり、こういう作業によって、「集成」となったものが、またミュートロギアであり、神話を「整理・系統付け」る作業は、「神話学」にも通じ行きます。mythology とは「神話学」の意味です。

    そこで、何故「典拠」が重要かというと、根本的な勘違いを、上の Torisugari 氏は犯しているように思えるのですが、「ギリシア神話を題材とした文学作品」が、ホメーロスの叙事詩や、悲劇やその他の色々な文書ではないのです。ギリシア神話を「題材としている」という発想は、ギリシア神話という体系のある「物語集」がすでにあるという予断から出てきている発想です。ホメーロスの叙事詩は、英雄叙事詩であって、そこに当時の人々が考えていた「神々のありよう・存在」が描かれているのであって、「題材にしているのではない」のです。

    ホメーロスやヘーシオドスが歌にしたので、神々が不可視の存在から、人間が把握できる形にまで具現してきたので、断じて、「ギリシア神話を題材とした文学作品」ではないのです。そもそも、「ギリシア神話とは何か」というと、「典拠」に挙げた作品から、再構成しているのです。ヘーシオドスは紀元前8世紀にこれを行ったので、ヘーシオドスの残した作品は、文学にも見えますが、「聖なる啓示の書物」でもあるのです。そこが、古代ギリシアの神々が「宗教的崇拝」の対象であった時代から遠く離れて、「文学」だとか勝手に思いこんでいる人には盲点になっているのでしょう。

    「典拠」として挙げているのは、繰り返しますが、ギリシア神話を題材とした文学作品ではなく、神話を語った、あるいは神話を可視化させた作業の結果の「ポイエーシス(所産)」なのです。つまり、これらの「典拠」において、神話が造られた、あるいは人間にとって理解可能な形で具現したのです。これらの具現前には、神々や英雄については、「分からなかった」のです。神々や英雄について、設定書のようなものがあって、それに従って、悲劇や詩が書かれているのではないのです。

    ホメーロスが叙事詩をうたのは、一種の宗教行為であり、ヘーシオドスの詩作品も宗教的な意味で記されています。ピンダロスもエウリピデスなどの悲劇作家も、宗教的な目的で作品を書いているのであり、それは個々の詩人が「創作」したというより、神が物語りを詩人に伝えたということなのです。このようにして、ギリシア神話が可視性を持ったとき、初めて、オウィディウスの『変身物語』やアプレイウスの『黄金の驢馬』のような、「娯楽性」も意図した作品が書かれるようになるのです。詩人が言葉にすることで、ギリシア神話は可視性を持ったのです。その行為は、厳粛な宗教的行為で、詩人の「個人自我」がそういう神話を「創作」したのではないというべきです。

    これらの「基本の典拠」を除くと、ギリシア神話はどこにも存在しなくなります。後世の人が、ギリシ神話について、まとまった概説を書けるとすると、それは「典拠」に基づいてです。典拠を離れて創作したものは、ギリシア神話の影響を受けた文学でしょう。そこで、古典ギリシアとローマ時代のあいだで、一線があるとも云えます。アポロドーロスは、その『ビブリオテーケー』で、紀元前五世紀以前の著作からギリシア神話をまとめていると云うことは、本来のギリシア神話と、その派生を区別していたということです。神話の可視性と不可視性という問題を考えるべきで、そのあいだに立つのが、詩人であり、詩人は神の恵みにおいて、神からの霊感において、神話を可視化しているのだということです。--Maris stella 2006年9月7日 (木) 02:46 (UTC)返信[返信]

    リファレンスの書き方について、他

    Stella marisさんは学術的なリファレンスの書き方について詳しくご存知ないようですので、ここで修正点を明記しておきます。なお、本当に学術的な書き方にしようとすると全面的に変えなければならないので控えています。

    • ibid.をIbid.にするのは、単純な話、文頭において最初の文字は大文字になるからです。
    • loc. cit.をIbid.にしたのは、Loc citにあるように、「今日では、Loc citは稀にしか使用されない」からです。
    • ed.をeds.にするのは、Stella marisさんの指摘なさるような理由ではなく、編者が複数の場合つまりeditorsの場合eds.と略すのが普通だからです。Wikipediaで「eds.」と検索してみてください。
    • 前回「:」を「;」にしたのについては、en:Colon (punctuation)en:Semicolonにおける説明をご覧ください。たとえば前後が逆接としてつながるときには後者のほうが適切です。ただし、今回は、脚注においてリファレンスと注の文章を区別するのにコロンを用いるのは一般的ではないということで、「。」に変更しました。
    • くつかの文献でだけ出版社やISBNが記述されているのは奇妙なので削除しました。

    まぁ、詳しい実例についてはClassical Quarterlyなどの最新刊をご覧いただければと。 いくつかの内容について。

    • ヒッタイト→アナトリアとしたのは、フルリ人の神話がヒッタイト人の神話に取り入れられているのは確かであるものの、伝達経路がヒッタイト語だったのかどうか不確実だからです。
    • 龍→竜としたのは、常用漢字使用という原則があるからです。
    • イーリアスは現在流通しているのが松平千秋訳の『イリアス』上下巻なのでそちらにしています。『オデュッセイア』のほうも松平訳なので統一すべきでしょう。--toroia 2008年10月27日 (月) 11:35 (UTC)返信[返信]
    内容に実質的に関係しない些末な編集は避けて頂きたいということをお願いします。ウィキペディアの記事は、現在では別に学術論文ではないこと(そういったものを目指すというのはあるかも知れませんが、不特定多数の人が編集する事典の記事に学術論文を求めるのは無理があるでしょう)。その上で、ibid. とか ed. は、記述を簡略にするために使っているので、学術論文にするために使用しているのではないということがあります。(また、この点は強調しますが、ウィキペディアの記事は学術論文ではありません。学術論文は、オリジナルの研究内容がないと、そもそも論文として意味がないはずです。しかしウィキペディアでは、オリジナルの研究を書くことは禁止されています。これはウィキペディアの根本原則の一つです。その点、まったく理解されていないのではないかと懸念致します)。
    『イリアス』は参考文献であって、現状流通しているのが松平氏訳であっても、これを参考文献に加えたのはわたしであり、この記事の主要な執筆者もわたしです。参考文献としては、わたしは呉茂一氏の訳本を使っているので、松平氏の訳本は使っていないのです(何章何行という出典記載があると、松平氏の訳本では、どこなのか分からないということもあります)。使っていない本を参考文献に挙げるのはおかしいことでしょう。また記事を執筆していない人が、参考文献の指定を勝手に変えるというのは非常に問題のある行為です。参考文献は「執筆で参考にした書籍」で、いま流通している本ではないのです。(初期の編集を見ると、わざわざ、呉茂一氏訳の本であると明記しています)。グレイヴスの本も、二巻本と一巻本では内容に違いがあり、両方を参照するので、二つ挙げているということがあります。
    ヒッタイト→アナトリアは、修正を忘れただけで無視したのではありません(とはいえ、この変更には疑問があります)。(わたしの再度の編集を見れば、ご史指摘の点については、特に、pp. の使い方などはすべて(見落としがあるかも知れませんが)、ご指摘の通りに修正しています。龍と竜については、「外字」は確かに問題であるので、先に「擡頭」は「台頭」に修正しましたが、常用漢字と本来の漢字では、意味やニュアンスや色々な点で異なり、常用漢字が望ましいというのはスタイル的には言えても、あくまで推奨です。また、次の差分を見てください。差分-「カドモスの龍」が「蛇」になっています。蛇ではないので、龍に戻したのです(蛇だという記述があるのかどうか、確認するにも手間がかかっています)。
    ヒッタイト→アナトリアにしても、参考書籍にはそうあったので記述しているので、この「ヒッタイト」は地理的な意味で、「ヒッタイト語」などは意味していないと理解しています。時代的に考えると、ヒッタイトが存在していた頃にその領土にあったフルリ人が……という意味にわたしは考えていました(紀元前14世紀から13世紀だと、ヒッタイトはまだ存在していたと思います)。
    いずれにしても、内容に有益でない編集は避けて頂きたいとお願い致します。また、この記事は、現在執筆途上にあり、無論、執筆は別のところで行っていて、これを吟味した上でウィキペディアに記載しています。(また、次の差分:差分2を見ると分かりますが、わたし自身の記事加筆でも、単純に加筆しているのではなく、以前の編集を削除したり、訂正・修正したり、より詳しい出典・説明を加えたりと、全体を考慮して執筆を行っています)。
    もっと短い記事ならば、一度または二度の編集で記事本体の実質的な執筆は終わりになりますが、このような長い記事になると、一度にすべてをという訳にはいかないこともあります。そう言ったことを何とぞご理解頂きたくお願いします。--Stella maris 2008年10月27日 (月) 22:21 (UTC)返信[返信]
    追記
    > くつかの文献でだけ出版社やISBNが記述されているのは奇妙なので削除しました。
    これは、「荒らし」行為になるので注意してください。出版社・出版年・ISBN などは、過去の版からたどると、少しずつ記載が増えて行っています。また、古い本には、ISBN はなかったのだということを失念されているようです。(また、脚注にある参考文献は、そこで書誌情報を書かなければ、どの本か不明なので記しているので、この情報を消すというのは問題です。-グリマルの事典は参考文献に記載したので、この場合は、問題ないと思います。確か、Grimal Dictionary という簡単な記述に変えたはずです。どの本か分かればよいので、略表記で問題ないはずです-。全体の印象として、Toroia様は、ウィキペディアの編集に慣れておられないようにもお見受けします。そのような場合、もっと経験を積まれることをお願い致します)。--Stella maris 2008年10月27日 (月) 22:21 (UTC)返信[返信]
    学術論文を目指せとは一言も書いていません。「ギリシア神話」のような学術分野にはそれ相応のリファレンスの書き方があるということです。ギリシア語の長母音表記にこだわるのと同様と考えてよいでしょう。意味も知らずにed.やpp.を使うよりは、「編」や「ページ」のように理解できる日本語書きにすることをお勧めします。知らずに使うということは、結果的に誰もやったことのない「要出典」なリファレンスの書き方をしてしまうということですから。また、不特定多数の人間が編集できるのだからこそ、私のようにリファレンスの書き方をある程度知っている人間が中途半端な箇所だけ訂正するというのも「あり」なわけです。
    「蛇」については、早とちりだったかもしれません。drakonは竜dragonとも蛇serpent/snakeとも訳されるので。邦訳されたアポロニオス『アルゴナウティカ』(講談社)やオウィディウス『変身物語』(岩波書店)では「大蛇」となっています。ただ、Wikipediaでは高津春繁が基準のようなので、彼の辞典やアポロドーロスの翻訳にある「竜」という訳が優先されるのでしょう(ただし高津の表記は「龍」ではありません)。
    ヒッタイトについてはすぐには詳細がわからないので、こちらでも調べておきます。M.L. WestかW. Burkertだったかなあ。スティグ・ヴィカンデルも扱っていたか。
    書誌情報について。たしかに「削除」だけするのは中途半端でしたが、文献の書誌情報は文献一覧の箇所があるのならばそこに詳細をまとめるのが通例です。中途半端に注と参考文献のところに情報を分散するのは可読性を損ないます。『イーリアス』については、Stella marisさんのおっしゃる可能性にも気付いていましたが、やや浅はかでした。とはいえ訳者名は参考文献の欄で明記すべきかと。
    それと、後になって気付いたのですが執筆コンクールに参加なさっているようで。道理で、というかなるほど、というか、Stella marisさんがこの記事の編集権を握っているかのような書き方をなさっている理由がわかりました。Stella marisさんの「警告」はありがたく拝聴しますが、私の「瑣末な」編集はスタイルの客観性からしても決して無益ではないので、場合によっては今後も継続していきます。--toroia 2008年10月28日 (火) 04:15 (UTC)返信[返信]
    相変わらず不思議なリファレンスの書き方をなさっているようですが、ひとつだけ申し上げるならばloc., cit.ではなくloc. cit.ですよ。また、そもそも、ibid.やloc. cit.は、あいだに次々と文章が追加されたり削除されたりするようなWikipediaにおいては混乱の元になるだけです。脚注の識別名を活用することをお勧めします。Help:脚注を参照ください。--toroia 2008年10月30日 (木) 08:01 (UTC)返信[返信]

    中世以降の「ギリシア神話」

    加筆の進展によって上記の問題が発生しているように思われます。中世以降近代に至る西ヨーロッパにおいて「神話」と呼ばれていたものは、事実上、現在でいうところの「ギリシア神話」でした。ところがその実は、本文中にあるのでいちいち詳細は書きませんが、オウィディウスや各種神話誌(mythography)などラテン語のものが中心だったというもので、ギリシア語文献はほとんど知られていませんでした。そのような事情もあって現代における中世の神話思想史はそれらを一括して「古典神話」(classical myth[ology])あるいは単に「神話」と呼称しています。となると、本項目ではどこまで扱うべきなのでしょうか? ラテン語化されたギリシア神話そのもの、たとえばヒュギーヌスなどを本項目で扱うことにあまり異論はないと思うのですが。では、神話が完全に物語となった時代については、ホメーロスを直接読んだ人間についてとか(ボッカッチョは微妙ですが)、あるいはギリシア語で書かれた文献によるものだけ、という立場に固執すべきなのでしょうか? だとすれば、場合によっては別個に「西欧中世における神話」や「ルネッサンスにおける神話」という項目を立てるべきなのかもしれません。このような(古代と分離させる)項目の立て方はフィリップ・ウィーナー(編)『西洋思想大事典』(Dictionary of the History of Ideas)やイヴ・ボンヌフォワ(編)『世界神話大事典』(Dictionnaire des Mythologies)で実際に行われていることなので、決して無理のあるやり方ではないと思うのですが。--toroia 2008年11月11日 (火) 08:36 (UTC)返信[返信]

    湮滅?

    たまたま記事を読み、「湮滅」なる語を見つけました。普通に「隠滅」ではだめなのでしょうか。