コンテンツにスキップ

ノート:イスラエルの回復

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

観点タグの意図につき

[編集]

聖書の語句等、超教派に係る記事においては、中立的観点につき繊細な配慮が必要です。出典があれば良いというものではなく、出典そのものに偏りが無い事が必要です。当記事につきましては、出典が所謂福音派、改革派のものに偏っている事を指摘させて頂きます。--Kinno Angel 2010年4月22日 (木) 02:19 (UTC)[返信]

イスラエルの回復、イスラエルの再興について強調するのは、中田重治監督のホーリネスと、富井健師の指摘によれば改革派の古い神学にあるようなので、この二つが優先してかかれることに問題はないと考えますが、ローマ・カトリックの重要な神学者トマス・アクイナスもこれについて教えたそうなので、加筆の余地はあると思います。イスラエルの回復を唱える立場の理解が優先して書かれるのは中立性を損ないません。特筆性のある他の見解や否定的見解があれば、加筆を願います。WP:NPOV「争いのある主題についての長い記事」Q.「例えば進化論について書く時には、進化説と創造説(人間も他の動物も神が創造したとする説)の論争を全てのページで展開しなければならないわけではないですよね?」A.「もちろんそんな必要はありません。どんな主題について書くのであれ、誰かが反論の余地があると考えるような前提が必ず入ってしまうものです。これは進化生物学に限らず、哲学、歴史、物理学などについてもあてはまることです。」--Evangelical 2010年4月22日 (木) 15:24 (UTC)[返信]
ちょっと意図が伝わっていないようです。聖書がイスラエルの回復を告げているとする教理。と冒頭で宣言し、聖書という全ての教派で最も重要な書物についての記事としている以上、それがホーリネスと改革派による理解を中心としたものとするのはPOVです。少なくとも正教会において、近代イスラエル建国と聖書を結びつけるような話は、当方、聞いた事が御座いません(正教徒にも色々な人が居ますからたまさかにはいらっしゃるかもしれませんが)。
他方、仮に例えば冒頭文が以下のようなものになっていれば、殆ど決着します。超教派の記事としては現状では認められませんし、加筆するリソースの余裕も当方には殆どありません。
当記事「イスラエルの回復(イスラエルのかいふく)」では、ローマの信徒への手紙11章などを根拠として、聖書がイスラエルの回復を告げているとする、ホーリネス、改革派などにおいて唱えられる教理について解説する。」--Kinno Angel 2010年4月22日 (木) 15:43 (UTC)[返信]
The Orthodox Study Bibleでも、イスラエルの救いについては言及されていますが、イスラエル建国もしくは国家の再興の預言とは捉えられていません。編纂者にはかつてエヴァンジェリカル・オーソドックス教会の中心メンバーであり正教に帰正したピーター・ギルクイスト神父が含まれており、プロテスタント色を指摘して批判する向きすらある同書ですら、そのような言及がされていないと言う事は、それほど正教会でポピュラーな学説ではないのでしょう。
冒頭文の定義文章の改稿を提案します(上記具体案に若干の修正を加えます)。
当記事「イスラエルの回復(イスラエルのかいふく)」では、ローマの信徒への手紙11章などを根拠として、聖書がイスラエル国家の回復を告げているとする、ホーリネス、改革派などにおいて唱えられる教理について解説する。」--Kinno Angel 2010年4月22日 (木) 16:31 (UTC)[返信]
冒頭文の改稿についてさらに考え、ノートにあらためて回答させていただきたいと思います。私はこの項目を福音派の強調点として作成しようかとも考えたのですが、中田重治監督とする日本ホーリネス教会におこったホーリネス分裂事件の一因ともなった神学であって、これを全福音派の強調点とすることもできず、また逆に私にとっても意外なことにローマ・カトリックの神学者トマス・アクィナスカール・ラーナー、また自由主義神学に分類されるユルゲン・モルトマンも主張していたことを知り、超教派的な記事として項目を作成した次第です。またルーテル教会マリア福音姉妹会もこの意味でイスラエルの回復について述べております。そうなれば正教で唱えられることがないにしても、西方教会の全教派にまたがって存在する神学であるということになります。--Evangelical 2010年4月23日 (金) 15:51 (UTC)[返信]
御教示をありがとうございます。なるほど、東方教会はともかく、西方教会における超教派の記事に発展させる余地はあるということですね。ただその場合でも、カトリック系・自由主義神学系・ルーテル系といった分類の加筆に際しては、出典として使う媒体もそれぞれによるものをメインに据える事は不可欠かと存じます(たとえば正教神学について加筆する際にプロテスタントの媒体によるものをメインに据える事は、殆どの場合妥当とは言えないでしょう)。加筆の際には是非その点につき御留意を頂ければと思います。--Kinno Angel 2010年4月24日 (土) 04:48 (UTC)[返信]

この編集につき説明申し上げます。冒頭文を書き加えました。このような主張をしている人物の言行を列挙しても、教派・教団の公式見解として出されたものは無く、一見解に過ぎないと判断したためです。--Kinno Angel 2010年4月26日 (月) 00:17 (UTC)[返信]

富井健が主張している≠主張内容が真実であるでしょう。カール・ラーナーは兎も角世俗国家としての「イスラエル」が成立する以前のトマス・アクイナスがシオニズムを支持していたとするのはこじつけのように思われます。johncapistrano 2010年4月26日 (月) 00:23 (UTC)[返信]
神学上でのイスラエルとは何かで議論があるのに、無視して現代イスラエルにこじつけてるだけのようですね。富井健氏のウェブサイトは信頼できる情報源に該当しないようですが…。johncapistrano 2010年4月26日 (月) 00:50 (UTC)[返信]
意図的に「無視してこじつけてる」かどうかは分りませんが、意図的か無意識にかいずれであるにせよ「イスラエル=現代のイスラエル国家」を前提として書かれているという現状認識は正しいでしょうし、それが中立的ではないという事は確かかと思います。--Kinno Angel 2010年4月26日 (月) 00:54 (UTC)[返信]
福音派は世俗国家のイスラエルを支持しておるわけではありません。福音派やマリア福音姉妹会はイスラエルを救済史に位置づけており、ユダヤ人に対する伝道の使命を宣言したのが、福音派の第二回世界伝道会議です。また、ユダヤ人の魂を救いに導こうとする福音伝道が世俗国家のイスラエルに支持されるわけはありません。その中で伝道しています。これは、中川健一著『ユダヤ入門』、『エルサレムの平和のために祈れ-続ユダヤ入門-』ほか、多数の出典をつけられます。
内田和彦牧師は、聖書の権威の論証の一つとしてイスラエルの回復に触れているに過ぎず、また、これは福音的教会において広く認められている神学であり、単なる個人の主張ではありません。単なる個人の主張ではなく、聖書に根拠をおいた神学上の議論です。たとえばルターはローマ教会に対して「聖書の権威、万人祭司、信仰義認を主張した」というとき、これはルター個人の「主張」ではなく、ルターにとって聖書の真理であり、聖書に根拠をおく教理であり、神学です。
富井師は米国でかなりの勢力を持つキリスト教再建主義の日本を代表する紹介者で、その創立者ラッシュドゥーニーの翻訳者であり、再建主義の立場についての出典とするのに問題があるとは考えられません。
よって世俗国家云々の記述を削除し、「主張」の節を「神学」に戻します。
--Evangelical 2010年4月26日 (月) 11:27 (UTC)[返信]
大変申し訳ないのですが、ますます福音派POVが進行しているように思います。
現状の傾向を憂慮します。
節名が「神学」となっているのにも大変に違和感があります。福音派から捉えられるキリスト教神学と、ローマカトリックから捉えられるキリスト教神学と、正教会から捉えられる神学という大枠だけでも多様な見解があり、さらにそれぞれの中にも多様な見解がある中、福音派の文献と一部ローマ教皇の発言の列挙に終わっている現状は、とても事典的とは申せません。
このような項目が無くて良いのかと言えば、書かれた方が良い項目ではありますが、高度な力量と大変なリソースが必要とされる項目でもあります。
繰り返しになりますが、かような神学・哲学の絡む超教派の項目の執筆には、特に慎重になって頂きたいと申し上げます。厳しい事を申し上げますが、事典全体の信用性が落とされかねません。--Kinno Angel 2010年4月27日 (火) 06:05 (UTC)[返信]
ローマ教皇が大勅書として発表した見解は、単なる主張や発言ではないでしょう。血縁上のイスラエルと霊的イスラエルたる教会の連続性は神学ですが、教会としてのイスラエルが連続しているなら教会が地上から失われたことはないのですから、回復される必要もないはずです。回復、復興ということばが使われるからには、失われたものの回復を意味します。「争いのある主題についての長い記事」Q.「例えば進化論について書く時には、進化説と創造説(人間も他の動物も神が創造したとする説)の論争を全てのページで展開しなければならないわけではないですよね?」A.「もちろんそんな必要はありません。どんな主題について書くのであれ、誰かが反論の余地があると考えるような前提が必ず入ってしまうものです。これは進化生物学に限らず、哲学、歴史、物理学などについてもあてはまることです。」とありますし、論争をすべてのページで展開しなければならないことはないはずです。反対論について書くとなるとキリスト教会にあった反ユダヤ主義にも触れなければならなくなるので、正直あまり乗り気ではありませんでした。--Evangelical 2010年4月27日 (火) 09:40 (UTC)[返信]
いつも進化論の例示を持ち出しておいでですが、まず最初にWP:NOTSOAPBOXの最初の禁則「プロパガンダ、アドボカシー(提言)、あるいは求人や勧誘 営利的、政治的、宗教的、その他何にせよ、その性格は問いません。」を御確認頂けないでしょうか。
「イスラエルたる教会の連続性は神学ですが、教会としてのイスラエルが連続しているなら教会が地上から失われたことはないのですから、回復される必要もないはずです。回復、復興ということばが使われるからには、失われたものの回復を意味します。」についてですが、それは我々のような人間には自明ですが、99%以上の日本人には自明ではありません。タイトルを見ただけで「正教会の教理ではない」と分る私は極少数であり、そうした極少数を前提に記事を構成する事は出来ません。イスラエル国家の建国or復興を目指す考えにつき、「キリスト教で全体的に認められている教理」かのように誤解を与える構成は、厳に避けなければなりません。
また、ローマ教皇が大勅書として発表した見解は、単なる主張や発言ではないでしょう。についてですが、正直言って御発言に吃驚した事を申し上げます…
教皇が○○と発言した」というのと「教皇が○○と発言したのを、ローマカトリックが実際にどのように解釈してどのように運用してどのように教理として展開させてきているか」は全く別物です。Evangelicalさん、西方教会の比較神学や教会法、教会史などについては私などよりはるかにお詳しいのではないですか?素人ではあるまいし、その辺の配慮は当然の前提として執筆して頂けるものと思っていたのですが、そうではないのですか?--Kinno Angel 2010年4月27日 (火) 09:57 (UTC)[返信]
当然配慮はいたしておりますが、書けば書くほど難しい領域になってきたと思っています。ヨハネ・パウロ二世はユダヤ人に対して謝罪していますが、これについてはもう少し資料があれば書けるかと思います。イスラエルの回復についての現代カトリックの公式見解については資料がありません。ドイツに設立されたマリア福音姉妹会の創立者は戦前からイスラエルが棄てられたわけではないと語っていますが、ナチス・ドイツのホロコーストを経ての戦後の悔い改めは、反ユダヤ主義への謝罪の意味が込められているので、歴史的な反ユダヤ主義とは無関係ではありません。また、反ユダヤ主義ホロコーストへの同情が当時の国連にイスラエル国家を承認させたという指摘もありますが、国連は神学とは無縁です。--Evangelical 2010年4月27日 (火) 10:13 (UTC)[返信]