ノート:はだしのゲン

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Archive過去ログ

作品への批判の記述除去について[編集]

出典らしいことはついていますが(個人ブログなど論外として)、これらははだしのゲンの作品内における天皇に関する記述の批判を示したものではありません。であるなら、はだしのゲンが天皇制および戦争責任について述べたことに対する反証のような記述はすべて独自研究に当たります。「日本会議広島」が「過去の被爆者への見舞いもしくは被爆地の行幸は評価している」とあっても直接は関係ありません。「日本会議広島」とやらがはだしのゲンの作中における天皇に関する記述に対しての批判でないなら、わざわざ記述する必要はないでしょう。あくまで作品への批判だけにとどめてください。なお昭和天皇に戦争責任があるかどうかについては、ここで議論するつもりは1ミリたりともありませんのであしからず。--利用者:須磨寺横行 2011年1月18日 (火) 09:38 (UTC)[返信]

>「戦争狂いの指導者は戦争をやめなかったが、原爆の破壊力と惨状が戦争狂の指導者を震え上がらせて、自分達も殺されると思いポツダム宣言を受諾した。」と言うゲンの台詞を久間章生に優ると劣らない原爆容認論と批判し

とありますが、出典[1]を見る限りでは「日本人は広島長崎の犠牲に(略)」の部分を指して原爆容認論としているのではないですか?上記の台詞では容認論には到底思えないのですけど(どう見ても自分たちが助かりたいために降服した天皇や指導者に対する批判です)。

個人的に言わせて貰えば、「日本人は…」のくだりも皮肉を込めた台詞で容認論とは思えないのですが、出典が容認論であるとしている以上はコメントは差し控えさせてもらいます(当然、これを本文に記述することもしません)。

昨日も書きましたが、鈴木貫太郎のくだりは出典には記述されていません(はだしのゲンと絡む記述で)。歴史的事実だから記述していいなら、7月のポツダム宣言を拒否(もしくは黙殺)した件なども記述するべきで、そういうことを言い出せば「日本は自衛の為に戦争を始めた」等の記述を書き足すことになりかねません。ここはあくまで「はだしのゲン」に関する記述で「作品に対する批判」という節にある以上、出典に無い記述や、賛否両論まっぷたつな原爆や天皇戦争責任を扱うのですから、どちらか一方の論に傾いた記述は控えるべきでしょう(際限が無いです)。--利用者:須磨寺横行 2011年1月19日 (水) 03:29 (UTC)[返信]

極めて個人的解釈な意見ですが、中沢が原爆容認しているから、原爆容認論である、と主張しているようには見えません。「中沢は原爆否定しているけど、中沢の言ってることは原爆容認論と変わりは無い」的な意味で使ったように思えます。額面通り「原爆容認論である」とするのにはやはり違和感があります。皮肉を込めた批判なのかなぁと思いますが、これについて出典が無いなら(探してみますが)これ以上は申しません。--利用者:須磨寺横行 2011年1月20日 (木) 11:00 (UTC)[返信]

遅レスですが、後半の「原爆投下が日本を震え上がらせ、降伏に導いた」とする記述について、これを原爆投下容認論と取るかはともかく、原爆の威力、バランス・オブ・パワーを認める記述であることは確かです。この記述がある後半は日本共産党機関紙や共産党と繋がりがあった日教組機関紙で連載されています。その共産党は、1964年10月16日の中華人民共和国の核実験成功を受けて、「社会主義中国が核保有国になったことは、世界平和のために大きな力となっている。元来、社会主義国の核保有は帝国主義国のそれとは根本的にその性格を異にし、常に戦争に対する平和の力として大きく作用しているのであります。その結果、帝国主義者の核独占の野望は大きく打ち破られた。」と発言した上で(出典:参議院会議録情報 第046回国会 予算委員会 第2号)、「このような情勢を踏まえて中国は核兵器禁止のための世界首脳会議を提唱してきたのです。これこそ世界人民の心からなる念願にかなうものであることはもちろん、最も現実的で、その気になれば実現可能な提案です。」と続けて、社会主義国の核を容認しています。「原爆投下が(結果として)日本を降伏させた」とする論も、それが事実としても(原爆投下がなくても日本の降伏は時間の問題だったする異論もある)、どこか中沢の論理は、社会主義平和勢力論に基づいた社会主義国の核容認論と不気味に通底していると感じざるを得ません。「米国が核を投下したから、日本が降伏した」も、「中国が核武装したから、核兵器禁止や世界平和に結び付く」も、どちらも似たロジックです。--Leoxaq会話) 2013年8月26日 (月) 03:51 (UTC)補足・修正--Leoxaq会話) 2013年8月26日 (月) 08:05 (UTC)[返信]

「麦っ子たち」について[編集]

「はだしのゲン」はジャンプ掲載時に「麦っ子たち」というタイトルで掲載されていた時期があったと思います。 たしか玉音放送の回(政二さんの死去の直後)から、昭の帰還と麦の発芽までが「麦っ子たち」で、 進駐軍上陸から友子の死と髪の毛が生える場面(中公文庫版「第1部」ラスト)までが再び「はだしのゲン」だったと思います。

正式なタイトルは「はだしのゲン=終戦編 麦っ子たち」です。--Umiz999会話) 2015年8月7日 (金) 22:32 (UTC)[返信]

社会主義国の核への批判がないことについて[編集]

閉架措置問題と関連し、この作品後半は日本共産党機関誌や共産党と繋がりがあった日教組機関紙に連載されていますが、その共産党はかつて、ソ連中華人民共和国など社会主義共産主義国の核兵器は「世界平和のために大きな力となっている」として肯定していました(1964年10月30日参議院予算委員会における岩間正男参議院議員《当時日本共産党所属》の質疑より)。原水爆禁止運動で旧社会党系の原水禁と共産党系の原水協に分裂することになったのも、社会主義圏の保有する核への評価を巡ってのイデオロギーの相違があったからです。その旧社会党も「資本主義は戦争勢力、社会主義は平和勢力」という社会主義平和勢力論に立脚し(日本社会党旧綱領「社会主義への道」より)、核兵器こそ社会主義国のそれを否定していましたが、紛争や通常戦力は社会主義国のものを是認していました。作者の中沢は共産党のシンパとして知られ、選挙時には共産党の応援も行っていたが(1989年第15回参議院議員通常選挙時の赤旗「共産党を応援します」より)、今回問題にされた作品後半には、在日米軍や米軍の核の傘、日本の再軍備(自衛隊)への厳しい批判は見られても、ソ連、中国、北朝鮮など、社会主義国の核や戦力への批判はほどんどみられません。この作品は、やはり戦後一時期まで日本の政治、教育、言論界に根強かった「社会主義平和勢力論」に立脚していると言わざるを得ません。--Leoxaq会話) 2013年8月24日 (土) 01:47 (UTC)[返信]

追記:共産党が当時、「社会主義平和勢力論」の立場から、共産国家の核武装を擁護していたのは歴史的、客観的事実です。それは1964年10月30日参議院予算委員会の岩間正男議員(当時共産党所属)の議事録にも残されています。『はだしのゲン』の6巻以降は、その共産党機関誌「文化評論」および、共産党系(統一戦線推進労働組合懇談会系)が1/3程を占めていた日教組(後に共産党系は全教に移行)機関紙「教育評論」に連載されていることは重大な意味を持ちます。作者の中沢に明確な意図があったかはともかく、作品終盤は、米国や日本への批判はあっても、社会主義圏の核武装などにはほとんど批判がみられないのです。ソ連がアフガンに侵攻し、中国では毛沢東文革が起きて、ベトナムへの懲罰戦争(中越戦争)を仕掛けていた時代情勢であるにも拘わらずです。天皇につても共産党は当時、「天皇制打倒」を掲げ、共産主義国家建設を主張していました。『ゲン』終盤にも反天皇の主張が強く出てきます。特に、アニメにはなっていない作品の終盤は、原爆の悲劇を描いたというより、共産党の政治主張を載せた思想書の趣が強くなります。後半を含めた『ゲン』全体を「平和教育の教材」とするのは客観的とはいえません。--Leoxaq会話) 2013年8月24日 (土) 02:26 (UTC)[返信]

興味深い問題ですし、作品の評価評論に深く関わることかもしれませんが、今回の閉架措置と直接関わることとは思えません。--Megevand (会話) 2013年8月24日 (土) 01:54 (UTC)[返信]
はだしのゲンが「共産党の政治主張を載せた思想書」である事を誰か(少なくとも著名的な人物)が主張したというのであれば、作品への批評で記述するのはそれは構わないと思いますが、そういった出典もつけずに主張するのは主観に基づいた独自研究です。wikipediaではそういった記述は出来ないことはWikipedia:独自研究は載せないWikipedia:検証可能性Wikipedia:出典を明記するを読めば理解できるものと思います。なお日本共産党がかつてソ連を擁護していたことだけを出典として「はだしのゲンが共産党の政治主張を載せた思想書である」とすることはWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成にあたりますので念の為。--須磨寺横行会話) 2013年8月24日 (土) 03:42 (UTC)[返信]
出典がない以上、独自研究にならざるを得ませんが、中沢は共産圏の核を公然と肯定していた共産党の機関誌に後半を連載したのであり、中沢自身も共産党の近縁の人物です。後半にはその共産党の主張に沿った主張がみられるのも客観的事実です。私は「後半が共産党の政治主張を載せた思想書の趣が強くなる」といったのであり、「はだしのゲンが共産党の政治主張を載せた思想書である」とはいっていません。ジャンプ連載部分を含む前半(①~⑤巻)は問題と思ったことは一度もありません。事実誤認であり、中傷にあたるのでご訂正願います。--Leoxaq会話) 2013年8月26日 (月) 04:04 (UTC)[返信]
単に所有しているが使用はしていないからではないでしょうか。--Fuseoyama会話) 2013年8月26日 (月) 01:35 (UTC)[返信]
それならそれで結構ですが、私に誤認「させた」のは出典も出さず差し戻したLeoxaq氏であって、私が中傷したなどと決めつけられるのははなはだ心外です。--須磨寺横行会話) 2013年8月26日 (月) 10:23 (UTC)[返信]

「第二部」について[編集]

本文中、「第二部」1976年の掲載雑誌移行後と、未完に終わった東京編(参考)。2つ有り、少々紛らわしいです。個人的には後者の方を第二部と認識していますので、何だかの記述の工夫をお願いしたいのですが。そうしたときに、「第一部内第二部」をどう表現するかが最大の問題だと思います。良い表現法が浮かんでないので。--Taisyo会話) 2013年8月24日 (土) 02:02 (UTC)[返信]

共産党の社会主義国の核美化論と中沢啓治の関係についての出典を探しています[編集]

上節とも関連しますが、本作の閉架措置への批判の多くは「原爆の悲惨な描写が問題にされた」という誤解に基づています。8月26日放送TBS「関口宏のサンデーモーニング」が正にその代表例です。しかし実際に陳情や市教委が問題にしたのは作品の後半です。市民の陳情では1~6巻、市教委は10巻目の日本軍によるものとする描写です。この後半は6,7巻の一部を除いてアニメになっておらず、日本共産党機関誌と共産党系が1/3を占めた日教組機関紙に連載されています。その共産党はかつて社会主義国の核武装を美化・正当化していた事実があります。日教組の2/3を占めた日本社会党も新宣言採択前は、「資本主義戦争勢力、社会主義平和勢力論」に基いて、社会主義国の戦力を擁護していました。本書6巻ではまた、「米軍基地があると戦争に巻き込まれる」という視点で、反米軍基地を訴えるなど反米主張は多いものの、ソ連軍によるアフガン侵攻やハンガリーへの武力介入(ハンガリー動乱)、中国がベトナムに懲罰戦争として始めた中越戦争毛沢東文革など、社会主義国の粛清や軍拡への批判はありません。この作品が書かれた頃のど真ん中のタイムリーな出来事だったにも拘らずです。そう考えると、当時言論界で優勢だった「社会主義平和勢力論」に作品後半は基づいていると言わざるを得ません。そこで、

①中沢が当時、共産圏の核を美化していたとは信じたくありませんが、かつて日本共産党は共産国の核武装を擁護し、その共産党機関誌に本作品後半は連載されていたという悲しい事実は厳然として残ります。そして中沢も共産党の応援者に名を連ねるシンパでもあったのです。後半は、社会主義国を含め、全ての戦争や核に反対するという姿勢とは乖離しているのです。そのことに言及した文献・資料を探しています。ご協力をお願します。--Leoxaq会話) 2013年8月25日 (日) 19:05 (UTC)太字修正--Leoxaq会話) 2013年8月26日 (月) 03:22 (UTC)[返信]

②追記:もう一点、共産党機関誌に連載された第6巻は、「米軍基地があると戦争に巻き込まれる」と共産党の主張に沿った記述があります。しかし当時はソ連、現在は中国が軍拡を行い尖閣への監視船派遣を常態化させ、北朝鮮核実験をするという中で、日本の平和を守るには(=戦争に巻き込まれない様にするためには)在日米軍基地の抑止力は必要だという国民もいます。世論調査では国民の大多数は日米安保条約に賛成しています。沖縄の基地負担をなくし、本土で肩代わりすることは重要でも、基地自体が戦争に巻き込まれるとの主張は一方的だと思います。日米安保廃棄を一方的に訴える内容の後半を、小学生の段階で自由に読ませるのも疑問があります(だからといって閉架措置が適切かは別です)。共産党の主張は主張としてあってもいいと思います。しかし本来は政治的に中立であるべき公教育で、特定政党の政治主張を子供たちに教え込むのも疑問です。それらの観点から本書後半に言及した資料も同時に探しています。ご協力お願いします。--Leoxaq会話) 2013年8月26日 (月) 03:22 (UTC)修正--Leoxaq会話) 2013年9月2日 (月) 12:59 (UTC)[返信]

共産党支持者には林家彦六もいましたし、ちょっとしたきっかけで支持していたのでしょう。ジャンプ連載時には人気投票の順位を上げないといけないという制約があったのでそれがないとか、連載すれば原稿料が入るとか。閲覧規制騒動がきっかけで資料が出てくるかも知れません。ジャンプ連載時には編集方針に従っていたわけですし、深い理由がないと想像しています。--Fuseoyama会話) 2013年8月26日 (月) 01:47 (UTC)[返信]
「そのことに言及した文献・資料」があるなら、とっくに誰かがそれを指摘してる事でしょう。誰にとって幸いかはわかりませんが、中沢啓治の著書、自伝などは多くの図書館で閲覧出来ますし、大きめの書店で普通に販売なされており、ネットで出版社などから取り寄せる事は容易なはずで、これだけ話題にもなっていて、はだしのゲン批判派の人間がそれを見過ごすような事はまずしないと思われます。第3者が事実誤認、もしくは悪意に基づいた曲解で言及してる事はあるかも知れませんが、それは出典があったとしても「共産党の社会主義国の核美化論と中沢啓治の関係」を立証する類のものではありません。本人ないし、自称関係者でない遺族、もしくははっきり素性が明らかなはだしのゲンの関係者が言及でもしない限りは「作品への批評」節で『批評家の誰誰は著書の○○で「はだしのゲンは共産国家の核開発を批判していない」と述べている』くらいにしか書けません。--須磨寺横行会話) 2013年8月26日 (月) 10:23 (UTC)--須磨寺横行会話) 2013年8月26日 (月) 11:07 (UTC)[返信]

外部リンク修正[編集]

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