ニューオーリンズの戦い
| ニューオーリンズの戦い | |
|---|---|
| ヘレン・フォン・ライス | |
| 戦争:米英戦争 | |
| 年月日:1815年1月8日 | |
| 場所:アメリカ合衆国ルイジアナ州Chalmette(ニューオーリンズの南) | |
| 結果:アメリカの勝利。 | |
| 交戦勢力 | |
| 指導者・指揮官 | |
| 戦力 | |
| 8,000名 白人(スコットランド人ハイランダーを含む)、黒人(ヨーロッパに加え、西インド諸島から徴兵された) |
3,500〜4,000名 兵隊、航海士、市民軍、ネイティブ・アメリカン、海賊、アフリカン・アメリカン を含む |
| 損害 | |
| 戦死者385名 負傷者1,186名 捕虜484名 |
戦死者13名 負傷者58名 捕虜30名 |
ニューオーリンズの戦い(Battle of New Orleans、またはBattle of Chalmette Plantationと知られる)は、米英戦争末期の1814年12月から1815年1月にかけて行われた戦いである。
戦闘にいたるまでの経過[編集]
アンドリュー・ジャクソン率いるアメリカ軍はニューオリンズからミシシッピ川下流へ5マイル (約8km) のシャルメットに陣を構え、イギリス軍への先制攻撃を決断した。
- 12月23日、アメリカ軍はイギリス軍キャンプを夜襲、イギリス軍を撤退させ、装備、補給品を奪いニューオリンズへ帰還。
アメリカ側の損害:
- 24人:死亡
- 115人:負傷
- 74人:不明、イギリス軍捕虜
イギリス側の損害:
- 46人:死亡
- 167人:負傷
- 64人:不明、アメリカ軍捕虜
これによりイギリスの進軍は引き延ばされ、その間にアメリカ軍はミシシッピ川東岸の土塁工事と大砲の設置を行った。
- 12月28日、パケンハム少将率いるイギリス軍は土塁を攻撃、アメリカは土塁に砲列を並べる。(Line Jackson)
- 1815年1月1日、イギリスの主軍が到着、アメリカ土塁を砲撃。両軍大砲での打ち合いが3時間続き、アメリカ側は大砲数台と土塁の一部が破壊された。しかしながら、イギリス軍の弾薬が無くなった時に、アメリカ側はまだ弾薬を残していた。
パケンハム少将はイギリス全軍(アメリカ先住民 Hitchiti 民族、イギリス領西インド諸島の黒人兵士などを含む)を集結させ攻撃を決断した。
戦況[編集]
1月8日、イギリス軍は3回にわたって攻撃するがアメリカ軍に食い止められた。パケンハム少将は3回目の攻撃で負傷したが、死亡する前に更なる攻撃命令を出した。 アメリカ軍にはジャン・ラフィットと彼の仲間の海賊達が加わっていた。彼らはイギリス軍と同じ赤い服を着ていたため、判別が困難であった。そのため何人かの海賊はイギリスの小隊に紛れ込み、奇襲を仕掛けることができた。
アメリカ軍の損害
- 13人:死者
- 58人:負傷
イギリス軍の損害
- 約2,000人:死亡、負傷、捕虜
パケンハム少将の死後指揮を継いだジョン・ランバート将軍は撤退を命じる。
終結[編集]
戦闘は1815年1月26日に終了した。実際には約2週間前の1814年12月24日にガン条約が調印され、米英戦争は終結していたのだが、両軍の兵士達には知らされていなかった。アメリカ軍のアンドリュー・ジャクソンは功績を評価され、後に第7代合衆国大統領に就任する。
歌[編集]
この戦いをモチーフに、Battle of New Orleans という曲が作られた。作詞作曲は、学校長で歴史教師だったジミー・ドリフトウッドによる。彼は音楽を趣味としていた。曲は学生が楽しく歴史を学べるように作られたものだったが、この作品は1959年のグラミー賞のソング・オブ・ザ・イヤーを受賞するほどの評判になり、この曲を歌ったジョニー・ホートンも同年にグラミー賞・ベスト・カントリー&ウェスタン・パフォーマンス賞を受賞した。
この作品は1959年のアメリカ国内最高売り上げを記録、この戦いについての映画、"The Buccaneer" も話題になった。楽曲は、"The 8th of January(1月8日)" というニューオーリンズの戦いの日のことを題名にした、古いフィドル音楽を基にしている。
原詞[編集]
出典:アメリカ国立衛生研究所Institute of Environmental Health Sciences,[1]
- Well, in eighteen and fourteen we took a little trip
- along with Colonel Jackson down the mighty Mississip.
- We took a little bacon and we took a little beans,
- And we caught the bloody British near the town of New Orleans.
- chorus
- We fired our guns and the British kept a'comin.
- There wasn't nigh as many as there was a while ago.
- We fired once more and they began to runnin'
- down the Mississippi to the Gulf of Mexico.
- Well, I see'd Mars Jackson walkin down the street
- talkin' to a pirate by the name of Jean Lafayette [発音 : La-feet]
- He gave Jean a drink that he brung from Tennessee
- and the pirate said he'd help us drive the British in the sea.
- The French said Andrew, you'd better run,
- for Packingham's a comin' with a bullet in his gun.
- Old Hickory said he didn't give a dang,
- he's gonna whip the britches off of Colonel Packingham.
- chorus
- Well, we looked down the river and we see'd the British come,
- and there must have been a hundred of 'em beatin' on the drum.
- They stepped so high and they made their bugles ring
- while we stood by our cotton bales and didn't say a thing.
- Old Hickory said we could take 'em by surprise
- if we didn't fire a musket til we looked 'em in the eyes.
- We held our fire til we see'd their faces well,
- then we opened up with squirrel guns and really gave a yell.
- chorus
- Well, we fired our cannon til the barrel melted down,
- so we grabbed an alligator and we fought another round.
- We filled his head with cannon balls and powdered his behind,
- and when they tetched the powder off, the gator lost his mind.
- We'll march back home but we'll never be content
- till we make Old Hickory the people's President.
- And every time we think about the bacon and the beans,
- we'll think about the fun we had way down in New Orleans.
- chorus
- Well, they ran through the briars and they ran through the brambles
- And they ran through the bushes where a rabbit couldn't go.
- They ran so fast the hounds couldn't catch 'em
- down the Mississippi to the Gulf of Mexico.
- chorus
日本語訳[編集]
- 1814年、ジャクソン将軍とミシシッピ川を下った
- ベーコンと豆を少し食べて
- ニューオリンズの近くで嫌なイギリス人を見つけた
- (コーラス)
- 銃をぶっ放す、イギリス人は来る
- ちょっと前より敵は減ったぞ
- もっとぶっ放す、奴らは逃げ出した
- ミシシッピ川を下って、メキシコ湾へ
- (コーラス)
- 軍神ジャクソンは通りを歩き
- ジャン・ラフィット(英語発音:ジーン・ラフィート)と云う海賊と話をした
- 彼はジャンにテネシーから持って来た酒をごちそうし
- 海賊はイギリス人を海に追いやろう、と言った
- そのフランス人(ジャン・ラフィット)はアンドリュー(ジャクソン)に
- “パケンハムは銃を持って来る、逃げたらどうだ”と言った
- 頑固親父は少しも気にしない
- “パケンハム将軍のお尻に鞭を打ってやる”と言った
- (繰り返し)
- 下流を見るとイギリス人はこっちに向かっている
- たくさんいるぞ
- 俺たちが俵の横で立っていると
- ラッパを吹いて行進して来る
- 頑固親父(ジャクソン)は言った
- “彼らの顔を見えるまで近づいてから銃を撃てば奴らを驚かすことが出来る”
- 俺たちはよく相手の顔が見えるまで近づいて
- 隠しておいた銃を発砲、奴らは叫び声を上げた
- (繰り返し)
- 銃身が溶けるまで打ち続けた
- 鰐を素早く食べて、又打ち続けた
- 敵の頭上に大砲が飛び、彼らの後で爆発した
- 爆発がやんだとき、アリゲータが暴れた
- 俺たちは帰路についたが、頑固親父が大統領になるまで満足しなかった
- いつもベーコンと豆のことを考え
- ニューオリンズでの享楽を思い出した
- (繰り返し)
- 奴ら(イギリス人)は茨の中を走り、木いちごの中を走って逃げた
- ウサギが通れない茂みの中も走って逃げた
- 猟犬も追いつけない早さで逃げた
- ミシシッピ川を下って、メキシコ湾へ
- (繰り返し)
ー以上、意訳ー
文献[編集]
- Remini, Robert V. The Battle of New Orleans: Andrew Jackson and America's First Military Victory. Viking Penguin, 1999. ISBN 0670885517
- Pickles, Tim New Orleans 1815; Osprey Campaign Series, #28. Osprey Publishing, 1993.
外部リンク[編集]
- 地図
- ニューオーリンズの戦い — ルイジアナ州立博物館の要約、写真
- History of Louisiana, Vol. 5, Chapter 10 — detailed account by Charles Gayarré
- The Battle of New Orleans — detailed account by John Smith Kendall
- The Glorious Eighth of January — colorful account by Grace King
- Battle of New Orleans - 1959年、グラミー賞2部門受賞の Jimmy Driftwood の歌「ニューオーリンズの戦い」の歌詞