ナチョ・ビダル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナチョ・ビダル
Nacho Vidal
Nacho Vidal
本名 イグナシオ・ジョルダ・ゴンサーレス
Ignacio Jordà González
生年月日 (1973-12-30) 1973年12月30日(50歳)
出生地 スペインの旗 スペインバルセロナ県マタロー
国籍 スペインの旗 スペイン
身長 185cm
職業 俳優監督プロデューサー
ジャンル ポルノ
活動期間 1997年-
活動内容 攻撃的な性行為
配偶者 フランセスカ・ハイメス
 
受賞
AVNアワード
AVN殿堂(2012年)
バルセロナ国際エロティック映画祭
男優賞(2000年・2001年・2003年・2006年・2008年)
備考
21.5cm(陰茎)
テンプレートを表示

イグナシオ・ジョルダ・ゴンサーレス(Ignacio Jordà González[1])、別名ナチョ・ビダルNacho Vidal, 1973年12月30日 - )は、スペインバルセロナ県出身のポルノ男優・ポルノ監督・プロデューサー・著作家・カメラオペレーター。イグナシオというスペイン語名では一般的なナチョというニックネームを持つ[2]

スペインでもっとも国際的に知られたポルノ男優のひとりであり[3]、「イタリアの種馬」と称される師尚のロッコ・シフレディと比較して「スペインのシフレディ」と呼ばれることがある[4]。ムスコの大きさ、攻撃的なプレイ、アナルセックスを好む趣向で知られている[5]。1,500本以上の映画に出演しており、さらに数多くの作品の製作や監督も行っている。スペインでは何本かの非ポルノの映画やテレビ番組に出演しており、出演作品にはテレビドラマ『Los Simuladores』[4]、映画『El Alquimista Impaciente』(2002年)[4]、映画『Va a ser que nadie es perfecto』(2006年)[6]、映画『Impávido』(2012年)[7]、などがある。ハビエル・ルイス・カルデラ監督のパロディ映画『最終爆笑計画』(2009年)では本人役で登場している。

経歴[編集]

1973年、イグナシオ・ジョルダ・ゴンサーレスはバルセロナ県マタローに生まれた。幼いころ、家族とともにゴンサーレス家のルーツであるバレンシアに引っ越した[8][9]。父親は織物輸入業を営むビジネスマンであり、ゴンサーレス家は裕福だったが、1970年代の石油危機によって父親の企業が破産したため、父親は鬱状態となり、母親が家計を支えた。ビダル自身は14歳で薬物に手を染めるようになったが、家計を助けるために学校を辞めて働きはじめた[2]。ヤングティーンエイジャーの頃にはパンクバンドの一員であり、またボクサーでもあった[2]。メリリャのスペイン部隊に入隊した[2]。1990年代半ばの21歳の時、バルセロナにあるポルノクラブ「バグダッド」で働きはじめ、ガールフレンドのジャスミンとともに観衆の前で性行為の実演パフォーマンスを行った[2]。そこでバルセロナ国際エロティック映画祭英語版のディレクターであるホセ・マリア・ポンセに出会い、ポルノ業界を紹介された。

1998年にはロッコ・シフレディによってハリウッドの業界を紹介された。私生活では異性愛者であると述べているが[10]、何本かのゲイポルノ作品を監督しており[11]、2000年以降に映像制作会社「邪悪な天使」でゲイポルノ作品を扱っている。著作家のダビド・バルバによって、2003年に『Nacho Vidal: Confessions of a Porn Actor』(ナチョ・ビダル: ポルノ俳優の告白)という自伝が出版された。この自伝による収益はHIV財団に寄付されている。

2012年10月16日、中国の犯罪組織のための資金洗浄と脱税への関与が疑われ、ビダルと姉妹のマリーア・ホセ・ジョルダ・ゴンサーレスはバルセロナで逮捕された[12]。スペイン警察は、中国人暴力団に関する資金洗浄や脱税行為を行っていると疑った、マドリードとバルセロナにある100社以上の手入れを行い、ビダルとその姉妹はその際に拘留された約80人の容疑者のうちの2人だった[13]。2012年10月9日、国立裁判所のフェルナンド・アンドレウ判事は「今後3か月もテレビの生放送番組に出演する契約を結んでいるため、ビダルが高飛びする危険性はない」として、保釈金なしでビダルを解放した[14]。2015年2月、8歳、7歳、5歳の子どもを持つビダルはイギリス・ロンドンに移住することを決意した[3]

人物[編集]

ビダルのイチモツにお墨付きを与えた元カノのベラドンナ

陰茎[編集]

ビダルは浅黒く申し分ないルックス、ぎらぎらと燃えるようなプレイ方法によって人気ポルノ男優となり、絶頂に達する際の叫び声でも名高い[4]。しかし、特筆すべきは極めて巨大な陰茎(ペニス)であり、特にその胴回りの肉厚さで知られている[5]。彼のペニスは長さ21.5cm(8.5インチ)、周囲16.5cm(6.5インチ)と推定されている[5][注釈 1]。アメリカ合衆国出身のポルノ女優であるベラドンナはインタビューで、(ビダルのペニスは)「今までに一戦を交えた男優の中でもっとも太かった(thickest)」と述べている[5]。なお、ベラドンナは、射精量に定評があるピーター・ノースレキシントン・スティール、Slap Happyシリーズのブランドン・アイアン英語版マーク・アシュリー英語版、「イタリアの種馬」ロッコ・シフレディなど、イチモツに定評のある数々の男優と交わっている経験豊かな女優だが、アフリカ系アメリカ人である「スティールのペニスがもっとも大きかった(largest)」と断言している[5]。ビダルはその巨大すぎるペニスのために、適切なサイズのコンドームを見つけられなかったと語っている[15]

女性関係[編集]

ポルノ業界に入った頃はジャスミン(Jazmine)と交際していたが、ジャスミンとは1999年中頃までに別れ、その後はベラドンナ、ハードコア作品で知られるメキシコ系アメリカ人アドリアーナ・セージ英語版などのポルノ女優と恋愛関係にあった。ベネズエラ人のロサ・カストロとの間にひとりの娘を儲けている[16]。2005年5月31日、ビダルはポルノ業界からの引退を発表し、19歳だったコロンビア人(非ポルノ)モデルのフランセスカ・ハイメスボゴタで結婚式を挙げた[10][17]。ゴンサーレス家はかつて家庭の財政難から所有していたマンションを手放していたが、ビダルはバレンシア州エンゲラにあるこのマンションを取り戻し、ビダルとハイメスはこのマンションで新生活を始めた[2][6]。しかし、6週間後にはハイメスと離婚し[6]、引退から数か月後にはポルノ業界への復帰を決めた。なお、ビダルはハイメスにポルノ業界を紹介しており、ハイメスは2006年にポルノ女優デビューし、2011年4月にはペントハウス・ペットに選ばれている[17]。その後、ハイメスとよりを戻して2人の子供を儲け、2014年にはハイメスとスペインの教会で2度目の結婚式を挙げた[17]

性的思想[編集]

ビダルは同性愛に対する偏見はないと述べているが、彼自身は個人的に異性愛者であるとしている[18]

ビダルは「安全で健康的なセックス」を奨励している。フランスやアメリカ合衆国ではスペインに先駆けて、表流通作品でのコンドームなしのセックスが禁じられていたため、ビダルはスペインでも同様の法律を制定するように働きかけ、この件はコンドーム法として議会を通過した。また、ビダルはセックスフェアで、「大人のオモチャが国の経済を助ける」と熱弁している[19]

評価[編集]

AVN殿堂に輝いた2012年のAVNアワードの授賞式

「ポルノ界のアカデミー賞」とも呼ばれるAVNアワードでは、外国リリース作品における最優秀セックスシーン賞、最優秀グループセックスシーン賞、最優秀2Pセックスシーン賞、最優秀3Pセックスシーン賞、最優秀アナルセックスシーン賞などの部門で受賞している。2012年にはAVNアワードを主催するアダルト・ビデオ・ニュースによってAVN殿堂の称号を贈られた。ヨーロッパ最古のポルノ映画祭であるバルセロナ国際エロティック映画祭英語版では、2000年・2001年・2003年・2006年・2008年に最優秀男優賞を受賞しており、その他にも、最優秀セックスシーン賞、最優秀服装倒錯者映画賞、もっとも独創的なセックスシーン賞などを受賞している。カンヌ国際映画祭と同じくカンヌで開催されるホットドール英語版では、2009年にヨーロッパ最優秀男性パフォーマーに選ばれた。

出演作品[編集]

ポルノ[編集]

非ポルノ[編集]

  • El Alquimista Impaciente(2002年)
  • Va a ser que nadie es perfecto(2006年)
  • 『最終爆笑計画』Spanish Movie(2009年)
  • Impávido(2012年)

受賞[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ なお経済産業省によると、20代前半の日本人男性の手の長さ(手首から中指の先端まで)は19.1cm-19.2cmであり、20代前半の日本人男性の手首周囲長は16.6cm-17.5cmである。

出典[編集]

  1. ^ Efemérides de espectáculos del 30 de agosto”. Latino Entretenimiento (2007年12月29日). 2015年3月1日閲覧。
  2. ^ a b c d e f Victor M. Amela (2004年3月10日). “Interview with Nacho Vidal by Spanish newspaper La Vanguardia”. ラ・バングアルディア. 2007年6月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年6月17日閲覧。
  3. ^ a b Nacho Vidal emigra a Londres”. エル・コンフィデンシアル (2015年2月3日). 2015年3月1日閲覧。
  4. ^ a b c d IMDB. “Nacho Vidal IMDB page”. IMDB. 2007年6月17日閲覧。
  5. ^ a b c d e Nacho's Penis "Amongst" the Largest”. Adult FYI (2006年12月4日). 2015年3月1日閲覧。
  6. ^ a b c Sandra Uve (2006年11月13日). “Video interview with Nacho Vidal by Spain TV show Cuatrosfera”. Cuatrosfera. 2007年6月17日閲覧。[リンク切れ]
  7. ^ Impávido (2012)”. FilmAffinity (2012年7月26日). 2014年4月20日閲覧。
  8. ^ encuentro digital con Nacho Vidal” (Spanish). エル・ムンド (2004年2月26日). 2010年1月26日閲覧。
  9. ^ » El pornstar Nacho Vidal sacará su libro Sexografías” (Spanish). ラ・バングアルディア (2008年12月29日). 2009年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月26日閲覧。
  10. ^ a b EFE (2005年5月31日). “El actor Nacho Vidal anuncia su retirada del cine porno días antes de su boda con una modelo colombiana”. エル・ムンド. 2007年6月17日閲覧。
  11. ^ Nacho Vidal (2004年10月10日). “Nacho Vidal”. ナチョ・ビダル公式サイト. 2005年12月10日閲覧。
  12. ^ Sesenta personas fueron capturadas en operación contra lavado de activos y fraude fiscal en España”. El Tiempo (2012年10月16日). 2013年7月20日閲覧。
  13. ^ Ayala, Nelson (2012年10月19日). “Porn Star Nacho Vidal Charged With Tax Evasion”. XBiz.com. 2013年7月20日閲覧。
  14. ^ Nacho Vidal Released on Bail”. AVN Media Network (2012年10月19日). 2013年7月20日閲覧。
  15. ^ Njemu treba oružani list! Muči ga višak centimetara” (Spanish). dnevnik (2015年2月1日). 2015年3月1日閲覧。
  16. ^ Rosa Castro: "Si nos pasa algo, a mí o a mi hija, ha sido Nacho Vidal"” (Spanish). 20ミヌートス. 2015年3月1日閲覧。
  17. ^ a b c Porn actor Nacho Vidal to marry Colombia porn star in church”. Colombia Reports (2014年11月20日). 2015年3月2日閲覧。
  18. ^ Interview with Nacho Vidal by Spanish newspaper El Mundo”. エル・ムンド (2004年2月26日). 2005年12月10日閲覧。
  19. ^ Spain Trying to Pass a Condom Law for Porn - Nacho Vidal Backs It”. Adult FYI. 2015年3月1日閲覧。
  20. ^ XBIZ Award Winners 2013 XBIZ, 2013年1月
  21. ^ XBIZ Award Winners XBIZ, 2013年1月
  22. ^ Hot d’Or archives presse x, articles sur les Hot d’or”. Hot-dor. 2014年5月9日閲覧。
  23. ^ Paul Fishbein, "Pirates II, Evil Angel Big Winners at 2009 Hot d’Or Awards", AVN, 2012年6月6日閲覧
  24. ^ X Stars aux Ninfa Awards 2008: Les Gagnants!” (2008年6月27日). 2014年4月23日閲覧。
  25. ^ Programación del Ficeb: más gorda que los miembros de sus actores”. elmundo.es (2008年6月26日). 2014年5月30日閲覧。
  26. ^ The FICEB Ninfa, Tacón de Aguja and HeatGay Awards”. Web.archive.org (2007年6月9日). 2007年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月20日閲覧。
  27. ^ 2004 Award winners & nominees
  28. ^ Barcelona International Erotic Film Festival (2004)
  29. ^ 2003 FICEB Award winners & nominees
  30. ^ 2002 FICEB Award Winners & Nominees
  31. ^ 2001 FICEB Award Nominees & Winners
  32. ^ a b FICEB 2000 Awards”. Web.archive.org (2007年6月9日). 2007年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月4日閲覧。

外部リンク[編集]