ナゴヤ (バタム島)
ナゴヤ Nagoya | |
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地区 | |
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ナゴヤ・タムリン・シティ (Nagoya Thamrin City) | |
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ナゴヤの位置(スマトラ島) | |
| 北緯1度09分00秒 東経104度01分00秒 / 北緯1.15000度 東経104.01667度 | |
| 国 |
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| 州 | リアウ諸島州 |
| 市 | バタム市 |
| 等時帯 | UTC+7 (WIB) |
ナゴヤ(Nagoya)は、インドネシア西部リアウ諸島州バタム島北中部に位置する地区の通称である。行政上はルブク・バジャ(Lubuk Baja)地区の中心部にあたり、バタム島を代表する商業・観光地区として知られる。
概要
[編集]ナゴヤは行政上の正式地名ではなく、ルブク・バジャ地区の商業中心部を指す通称である。ルブク・バジャ警察署前のラデン・パタ通り(Jl. Raden Patah)付近からジョドー(Jodoh)地区にかけての一帯とされる[1]。ナゴヤと呼ばれる地域はバタム島における主要な商業集積地の一つであり、ナゴヤ・ヒル・モール周辺を中心として発展している。
地名の由来
[編集]地元では以前、この一帯を「スンガイ・ジョドー」(Sungai Jodoh、「縁の川」)あるいは「テルク・ジョドー」(Teluk Jodoh、「縁の湾」)と呼んでいたという。マフムル・イスマイルによれば、当時はシンガポールへ木造船で渡航する際の発着点であり、海上を生活の場とするラウト族(オラン・ラウト、Orang Laut)にとっては婚礼の儀式を執り行う神聖な場所とされていた[2]。
ナゴヤという地名の由来については長らく明確ではなかったが、2019年のジャカルタ・ポストの報道により、当時の状況に関する具体的な証言が示されている[1]。同紙によれば、1970年代にバタムでバトゥアンパール港やノンサ・ダムなどインフラ建設を手掛けた大成建設[注 1]の日本人関係者らが、食事や酒を楽しむために通っていたルブク・バジャの一角を「ナゴヤ」と呼んだとされる[1]。同社の技術者がノンサ・ダム建設に関連して行なった土質調査の報告論文にも、大成建設海外事業部バタム出張所の所属が明記されており、ダムの名称・所在地・年代はジャカルタ・ポストの記述と符合する[3]。
当時同社に勤務し、地元の文化団体「Rukun Khazanah Warisan Batam」の代表およびマレー慣習機構(Lembaga Adat Melayu、LAM)バタム支部の元代表を務めるマフムル・イスマイル (Machmur Ismail) によれば、この呼称は1978年頃から頻繁に使われるようになったという[1]。マフムルは、幼少期にはこの地区が行政上の正式名称である「ルブク・バジャ」と呼ばれていたと振り返る一方、「ナゴヤ」は公式な地名として採用されたことはないものの、市長を含む地元行政関係者の間でも定着した呼称になっていると述べている[1]。なお、2018年1月には日本のテレビ局である東海テレビの番組『スタイルプラス』において、同地の取材が行われ、マフムル・イスマイルへのインタビューも紹介された[1][2]。
バタム工業開発庁(現BP Batam)の技術者チャヒョ・プリオンゴは、バタムの地名の多くが、その場所に存在した特徴的な物事に由来すると指摘している。例えば、建設予定だった病院用杭の商標に由来する「シンパン・フレンギー」や、かつて設置されていた時計に由来する「シンパン・ジャム」などがある。
一方でナゴヤについては、「なぜそう呼ばれるようになったのか確かな由来はない」と述べており、日本人技術者らによって呼称が定着した経緯は確認できるものの、数ある日本の地名の中からなぜ「ナゴヤ」が選ばれたのかについては現在も明らかではない[2]。
経済
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2019年の『ジャカルタポスト』では、ナゴヤを歓楽街、ショッピングセンターおよび中華街として高い知名度を有する地区であると紹介している[1]。
ナゴヤがバタム島の中でも早くから商業の中心地として発展した背景には、地元の風水観も関わっているという。バタム工業開発庁(現BP Batam)の技術者チャヒョ・プリオンゴ (Tjahjo Prionggo) によれば、風水的にナゴヤは「龍の頭」に当たると信じられた一方、シンガポール風の都市計画で先行整備されたセクパンやバタムセンターは「龍の腹・尾」に当たると見なされ、商売には縁起が悪いとされたため、現地の事業者の多くがナゴヤへの出店を選んだという[1][2]。
ナゴヤ中心部(The Nagoya Entertainment District, The NED)は、かつてバー、マッサージ店、クラブ、ホテルほか売春宿が集積する歓楽街として知られていた。2016年時点でもこうした業態が確認されている[4]。
しかし、2019年のジャカルタ・ポストの報道によれば、2005年頃まで盛んだったカラオケ店、日本式バー、売春宿は、治安対策や行政方針の影響で2019年時点ではほとんど見られなくなり、店舗は別の商業用途に転用されたという。残っているのは、バタム島在住の日本人に大変人気のある「Kazu」など、数軒の伝統的な日本料理店のみである[1][2]。
文化・観光
[編集]大伯公廟(Wihara Budhi Bhakti)
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大伯公廟(Vihara Budhi Bhakti、正式名称:Vihara Budhi Bhakti Tua Pek Kong Bio)は、ナゴヤ地区ウィンザー(Windsor)エリア、プンバングナン通り(Jalan Pembangunan、ルブク・バジャ)に位置する三教(仏教・道教・儒教)の習合寺院(Tri Dharma)であり、バタム市最古の寺院とされる[5]。ウィンザー地区に位置することから「ヴィハラ・ウィンザー」(Vihara Windsor)とも呼ばれる[5]。
もともとはスイ・ジョドー(Sei Jodoh)地区にあった小規模な礼拝施設であったが、同地区の大規模な都市再開発に伴い現在地へ移転・拡張された。1970年代に建設が始まり、1986年に正式に落成した[5]。
境内は主に二つの建物で構成されている。道路に面した前方には赤を基調とした中華様式のクレンテン(道教・儒教系礼拝施設)があり、正面の壁面には神像やレリーフが施されている。後方には白を基調とした仏教系ヴィハラが配置されており、外部に設けられた二方向の階段から2階の礼拝堂へ上がることができる。礼拝堂内には各種の神像のほか仏教の経典も所蔵されている[5]。
境内の庭園には鯉の池が設けられ、弥勒菩薩や観音菩薩などの仏像、鄭和(チェン・ホー)像や龍船のモチーフなど、中国の歴史・文化を題材とした装飾が点在する。堂内には千手観音、阿弥陀如来、関聖帝君などの像が安置されており、正面壁面には神々を題材としたレリーフが施されている。境内には菜食料理を提供する食堂も併設されている[5]。
旧正月(Imlek)や元宵節(Cap Go Meh)には数千人規模の参拝者が訪れ、龍舞(龍の舞)や獅子舞(Barongsai)、手品や花火などが披露される。また孔子の命日の追悼行事も当寺院で行われる[5]。シンガポール、マレーシア、タイ、韓国、日本など海外からの参拝者・観光客も多い[5]。
ハン・ナディム国際空港から車で約30分、バタムセンター・フェリーターミナルおよびハーバーベイ・フェリーターミナルからは約15分である[5]。
- 大伯公廟の千手観音
- 大伯公廟の阿弥陀如来像
- 大伯公廟の関聖帝君像
- 大伯公廟のレリーフ(壁面装飾)
- 大伯公廟の鄭和像(竜船モチーフ)
ナゴヤ・ヒル・モール(Nagoya Hill Mall)
[編集]ナゴヤ・ヒル・モールは、インドネシア・バタム島ルブク・バジャ地区のナゴヤ中心市街地に位置するショッピングモールである。2007年に開発が開始され、敷地面積は約6ヘクタールとされる[6]。同モールはナゴヤ地区の主要な商業施設の一つであり、周辺にはショップハウスやホテルなどが集積する複合的な商業エリアを形成している。
- ナゴヤ・ヒル・モール東口(Pintu Timur)
- ナゴヤ・ヒル・モール内のフードストリート
- ナゴヤ・ヒル・モール内部の商業空間
交通
[編集]ナゴヤはバタム島北中部に位置し、島内の主要道路網によって各地区と結ばれている。 島外との移動は、ハン・ナディム国際空港やフェリーターミナルなどを利用する。
- 空港:ハン・ナディム国際空港
- 路線バス:バタム公共バス
- 港湾:
- バタムセンター・フェリーターミナル
- ハーバーベイ・フェリーターミナル
- バタム公共バス
- バタムセンター・フェリーターミナル
ギャラリー
[編集]- ナゴヤ中心部の市街地
- ナゴヤ内にあるマーケット
- ナゴヤの電気街
- ナゴヤ中心部の商店
- ナゴヤのサテ屋台
- ナゴヤのナイトマーケット
- 中心部にあるFormosa Hotel。
- Nagoya Hill Hotel
注釈
[編集]脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 Fadli (2019年12月17日). “Nagoya: A quarter of Japanese legacy in Batam”. The Jakarta Post (英語). 2026年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年6月17日閲覧.
- 1 2 3 4 5 F Pangestu (2021年1月2日). “Menelisik Nama Nagoya di Batam yang Bikin Orang Jepang Penasaran” (インドネシア語). Terasbatam.id. 2024年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年6月18日閲覧。
- ↑ 三木久寿, 沢田学「アースダム材料としてのラテライト粘土(Lateritic clay)の性状について」『土質工学会論文報告集』第18巻第4号、土質工学会、1978年12月15日。
- ↑ “Commercial Sex Industry in Batam” (英語). Global Indonesian Voices (2016年2月18日). 2026年6月17日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 Eko Setiawan (2020年3月17日). “Vihara Budhi Bhakti, Vihara Tertua di Kota Batam, Dibangun Sejak tahun 1970”. TribunBatam.id. 2026年6月18日閲覧。
- ↑ “Asal Usul Nagoya Hill, Pusat Wisata Belanja Barang Murah Terlengkap di Batam”. Suara Batam. 2021年6月8日. 2026年6月18日閲覧.