セイヨウナナカマド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
セイヨウナナカマド
Rowan growing with mountain pine on a mountainside in the Italian Alps
分類
: 植物界 Plantae
: 被子植物門 Magnoliophyta
: 双子葉植物綱 Magnoliopsida
亜綱 : バラ亜綱 Rosidae
: バラ目 Rosales
: バラ科 Rosaceae
: ナナカマド属 Sorbus
亜属 : Rowan亜属 Sorbus
: Sorbus[1]
: セイヨウナナカマド S. aucuparia
学名
Sorbus aucuparia
Linnaeus
英名
Rowan
rowan berry
Mountain ash
witch wiggin tree
keirn
cuirn

セイヨウナナカマド(西洋七竈、英名:rowan, mountain-ash、学名:Sorbus aucuparia)はナナカマド属に属するヨーロッパ原産の落葉樹である。ヨーロッパの中部から西部の広い範囲に分布し、その生息域は北極圏にも達する。生息域の南部である地中海地方では山地の高いところでのみ見られる。[2][3][4]

英名Rowanは北欧の言葉で魔除けを意味するRunaに由来する。北欧神話によれば雷神トールが増水した河を渡るとき、このナナカマドに助けられたとされる。ケルト人との関係も深く、ケルトの神官ドルイドにとってこの木は「命の木」であり、彼らはそれを魔除けとし、聖所に植えた[5]スコットランドではwiggen treeとも呼ばれ、魔術的な物を避けるお守りとして神聖視されていた。船の一部としてセイヨウナナカマドから切り出した板を嵌めこみ水難避けのお守りにしたという。[4][6][7]またもう一つの英名Mountain Ashはセイヨウナナカマドの葉が一見トネリコ属(ash tree)の葉と似ていることからきている。セイヨウナナカマドとトネリコ属は近縁ではない。[8][9]ドイツ語名 Eberescheは誤解を招きやすい名称である。Eberは「オス豚ないしオスの猪」を意味するが、全く関係ない。15世紀にeberboumが現れ、その後eberasch、eberesche、ab[e]resch[e]の形が見られた。そしてケルト語の人名・地名に現れるガリア語のeburos(「イチイ」)との関係が推測されている[10]。一方、本来の形はAberescheすなわち「偽トネリコ」を意味し、トネリコ(Esche)と葉は同じだが、別物(Aber)であるということを表わしていると主張する向きもある[11]

形態[編集]

セイヨウナナカマドの葉と花

落葉性の中低木で、成長すると8~10メートル程になることが多い。まれに20メートルを超える。大きく成長し28メートルに達する個体もある。[12]樹皮はなめらかで、若木は銀灰色をしている。樹齢を重ねると薄い灰褐色になり、時にはひび割れする。新芽は緑色で細かい毛に覆われているが、次第に灰褐色になり毛もなくなる。つぼみは細かい毛に覆われており、紫茶色で目立つ。は長さ10~22センチメートル、幅6~12センチメートル。9~19枚(多くは13~15枚)の小葉が羽状複葉を形成している。小葉1つの長さは3~7センチメートル、幅は15~23ミリメートル。葉の縁は粗い鋸歯状。葉には細かい毛が生えているところがあり、とりわけ葉柄と葉裏の葉脈に生えていることが多い。枝の末端に、最大で250個ほどの花が、直径8~15センチメートルの散房花序を形成する。1つ1つの花は1センチメートルほどで、5つの乳白色の花弁をもつ。両性花で昆虫によって受粉される。果実ナシ状果で直径6~9ミリメートル(稀に14ミリメートルに達する)で、最初は緑色だが、夏になり成熟するにつれて鮮やかな赤色になる。果実の中には最大8つ(多くは2つ)の種がある。二倍体で、染色体数は2n=24。[2][13][14]

亜種[編集]

4亜種[1]もしくは5亜種[2][3][15]が確認されている。

生態[編集]

葉と成熟した果実

セイヨウナナカマドは寒さに耐性があり、山地の標高の高い地域でもよく見られる。イギリスでは標高1,000メートル、フランスでは標高2,000メートルの高地にも分布する。[9][13][16] また弱酸性土壌や崖の割れ目など、様々な土壌状態に適応している。また着生植物としてヨーロッパアカマツなどの大きな木の裂け目や穴から生育することが数々あるが、大きく成長できないことが殆どである。[13]

セイヨウナナカマドの果実は多くの鳥類、特にワキアカツグミノハラツグミクロウタドリヤドリギツグミにとって重要な食料源となる。ドイツ語では上記のように Eberescheと言うが、Vogelbeerbaumという別名もある。これはVogel(「鳥」)+ Beere(「液果」)+ Baum(「木」)の合成語であり、かつてツグミなどの小鳥を捕獲するためにこの木の果実が餌とされたゆえに命名されたようであり、学名ラテン語aucupariaもaves(「鳥」)+ capere(「捕らえる」)に由来すると思われる[17]。また果実を食料とする鳥たちが糞をすることによって、種子が拡散される。種子はギンザンマシコや大型のフィンチの食料となる。葉や皮はアカシカノロジカユキウサギ、さらにガの1種Venusia cambricaを初めとする数種類の昆虫の幼虫が食べる。庭を食い荒らす害虫として知られるカタツムリHelix aspersaもまたセイヨウナナカマドの葉を食べる。[13]

利用[編集]

セイヨウナナカマドの果実

ほかのナナカマド類と同様にセイヨウナナカマドは街路樹や庭の鑑賞樹として栽培されており、栽培品種が選定されている。例えばAsplenifoliaは深い鋸歯縁の葉を持つ。Beissneriは樹皮や枝がのようなオレンジ色である。Fructu Luteoは黄色の実をつける。[2][4]

セイヨウナナカマドの実 (rowan berry) は独特の苦味を帯びた甘酸っぱい風味を持ち、ジャムゼリーの材料として使われる。その生息域の広さから、料理や飲み物に特有の苦味や酸味を与えるためにこの実を使用する国は多い。セイヨウナナカマドのゼリーは伝統的に、鹿肉などの狩猟の獲物の肉によく付けあわされる。[18]苦味の少ない大きな実を付けるEdulisという品種も作りだされ、栽培されている。[2][4]

脚注[編集]

  1. ^ a b McAllister, H.A. 2005. The genus Sorbus: Mountain Ash and other Rowans . Kew Publishing.
  2. ^ a b c d e Rushforth, K. (1999). Trees of Britain and Europe. Collins ISBN 0-00-220013-9.
  3. ^ a b Den Virtuella Floran: Sorbus aucuparia map
  4. ^ a b c d 『世界有用植物事典』1989年、平凡社、997頁、ISBN 4-582-11505-5
  5. ^ Susanne Fischer-Rizzi : Blätter von Bäumen II. Hukusuisha. = 喜多尾道冬・林捷編『続・ドイツの樹の文化誌』白水社1994年(ISBN 4-560-01590-2)16-20頁、特に18-19頁。
  6. ^ "Witchcraft: The Mountain Ash", in The Table Book; or, Everlasting Calendar of Popular Amusements, Sports, Pastimes, Ceremonies, Manners, Customs, and Events, Each of the Three Hundred and Sixty-Five Days, in Past and Present Times; Forming a Complete History of the Year, Months, and Seasons, and a Perpetual Key to the Almanac, Including Accounts of the Weather, Rules for Health and Conduct, Remarkable and Important Anecdotes, Facts, and Notices, in Chronology, Antiquities, Topography, Biography, Natural History, Art, Science, and General Literature; Derived from the Most Authentic Sources, and Valuable Original Communication, with Poetical Elucidations, for Daily Use and Diversion. Vol I., ed. William Hone, (London: 1827) p 337.
  7. ^ "The Mountain Ash, or Wicken or Wiggen Tree", in Lancashire Folk-lore: Illustrative of the Superstitious Beliefs and Practices, Local Customs and Usages of the People of the County Palatine, edited by John Harland and T. T. Wilkinson, (London: 1867) p 72-74.
  8. ^ Vedel, H., & Lange, J. (1960). Trees and Bushes in Wood and Hedgerow. Methuen & Co Ltd.
  9. ^ a b Arkive: Rowan (Sorbus aucuparia)
  10. ^ Duden.Bd.7: Herkunftswörterbuch, Bibliographisches Institut, Mannheim/ Wien/Zürich, 1963 (ISBN 3-411-00907-1), S. 126.
  11. ^ Susanne Fischer-Rizzi : Blätter von Bäumen II. Hukusuisha. = 喜多尾道冬・林捷編『続・ドイツの樹の文化誌』白水社1994年(ISBN 4-560-01590-2)16-20頁、特に18-19頁。
  12. ^ Tree Register of the British Isles
  13. ^ a b c d Trees for Life Species Profile: Rowan
  14. ^ Flora of NW Europe: Sorbus aucuparia
  15. ^ Flora Europaea: Sorbus aucuparia
  16. ^ Mitchell, A. F. (1982). The Trees of Britain and Northern Europe. Collins ISBN 0-00-219037-0
  17. ^ Susanne Fischer-Rizzi : Blätter von Bäumen II. Hukusuisha. = 喜多尾道冬・林捷編『続・ドイツの樹の文化誌』白水社1994年(ISBN 4-560-01590-2)16-20頁、特に16頁。
  18. ^ Davidson, A. (1999). The Oxford Companion to Food. Oxford University Press ISBN 0-19-211579-0.