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ジャン・ドルレアン (アングレーム伯)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジャン・ドルレアン
Jean d'Orléans
アングレーム伯
アングレーム大聖堂のアングレーム伯ジャンの像
在位 1407年 - 1467年

出生 (1399-06-26) 1399年6月26日
死去 (1467-04-30) 1467年4月30日(67歳没)
フランス王国コニャック
埋葬 フランス王国、アングレーム大聖堂
配偶者 マルグリット・ド・ロアン
子女 ルイ
シャルル
ジャンヌ
家名 ヴァロワ=アングレーム家
父親 オルレアン公ルイ
母親 ヴァランティーヌ・ヴィスコンティ
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アングレーム伯ジャンの紋章

ジャン・ドルレアン(Jean d'Orléans、1399年6月26日 - 1467年4月30日)は、ヴァロワ=オルレアン家オルレアン公ルイの息子であり、フランス軍人である。百年戦争後期において、ジャンヌ・ダルクの協力者として重要な役割を果たしたことで知られる。

生涯

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ジャン・ドルレアンは、1400年にオルレアン公ルイ1世と、その妃であるヴァランティーヌ・ヴィスコンティ(Valentine Visconti)との間に生まれた[1]。同母兄には詩人としても知られるオルレアン公シャルルがいた。彼は幼少期から軍事的な訓練を受け、その才能を開花させた。

百年戦争における活躍

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ジャン・ドルレアンは、百年戦争の局面においてフランス軍の重要な指揮官として活躍した。特に、1428年から1429年にかけてのオルレアン包囲戦においては、ジャンヌ・ダルクとともに都市の防衛と解放に貢献した。彼はジャンヌ・ダルクの軍事的な助言を尊重し、彼女の指揮下で数々の勝利を収めた。パテーの戦いやルーアンの奪還など、多くの主要な戦闘に参加し、その武功は高く評価された。

戦後の活動と晩年

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百年戦争終結後も、ジャン・ドルレアンはフランス王国の重臣としてその手腕を発揮した。彼は外交交渉にも携わり、フランスの政治的安定に貢献した。1439年にはデュノワ伯、1443年にはロングヴィル伯に叙せられた。彼はまた、フランスの貴族社会においても影響力のある人物であった。ジャン・ドルレアンは1467年4月30日に死去した。

評価

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ジャン・ドルレアンは、その生涯を通じてフランス王国への忠誠心と卓越した軍事的手腕を示した。特にジャンヌ・ダルクとの協力関係は、百年戦争の転換点において決定的な役割を果たしたとされている。彼は「フランスの救世主」とも称され、その功績は現代においても高く評価されている。

結婚と子女

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1449年8月31日、ジャンはアラン9世・ド・ロアンとマルグリット・ド・ブルターニュの娘マルグリット・ド・ロアンと結婚した[2][3]。2人の間には以下の子女が生まれた。

  • ルイ(1455年 - 1458年)
  • シャルル(1459年 - 1496年)[2] - アングレーム伯、フランス王フランソワ1世の父
  • ジャンヌ(1462年 - 1520年) - タイユブール伯シャルル・フランソワ・ド・コエティヴィと結婚[4]

また、庶子が1人いた。

  • ジャン・ド・ヴァロワ - 「バタール・ダングレーム」、1458年に嫡出子として認められた。

脚注

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  1. Adams 2010, p. 255.
  2. 1 2 O'Day 2010, p. 239.
  3. Booton 2010, pp. 321–322.
  4. Thevet 2009, p. 4.

参考文献

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  • DeVries, Kelly (2005). Joan of Arc: A Military Leader. Sutton Publishing 
  • Perroy, Edouard (1965). The Hundred Years War. Capricorn Books 
  • Adams, Tracy (2010). The Life and Afterlife of Isabeau of Bavaria. Johns Hopkins University Press 
  • O'Day, Rosemary (2010). The Routledge Companion to the Tudor Age. Routledge 
  • Thevet, André (2009). Portraits from the French Renaissance and the Wars of Religion. Pennsylvania State University Press 
先代
ルイ1世
アングレーム伯
1407年 - 1467年
次代
シャルル2世