ジャンヌ・デヴルー

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ジャンヌ・デヴルー
Jeanne d'Évreux
フランス王妃
GD-FR-Paris-Louvre-Sculptures018.JPG
シャルル4世とジャンヌ・デヴルー
出生 1310年
死去 1371年3月4日
ブリ=コント=ロベール城
埋葬  
サン=ドニ大聖堂
配偶者 フランスシャルル4世
子女 ジャンヌ
マリー
ブランシュ
父親 エヴルールイ
母親 マルグリット・ダルトワ
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ジャンヌ・デヴルー(Jeanne d'Évreux, 1310年 - 1371年3月4日)は、フランスシャルル4世の3度目の王妃。

生涯[編集]

ルイ・デヴルーエヴルー伯ルイ、フィリップ4世の異母弟)とマルグリット・ダルトワの末子として生まれた。兄にルイ10世(シャルル4世の兄)の娘ジャンヌと結婚してナバラ王となったフィリップ・デヴルーがいる。

従兄のシャルルと、1326年にラ・サント・シャペル(パリシテ島)で結婚したが、2年後の1328年に死別した。シャルルとの間に生まれたのは、夭逝した長女ジャンヌと次女マリー、夫の死後に生まれた三女ブランシュと女子のみで、カペー家直系の男子は絶えた。王位を継承したのはヴァロワ家フィリップ6世であるが、その2番目の王妃ブランシュ・デヴルーは兄フィリップ・デヴルーの次女である。また、娘ブランシュはフィリップ6世の息子オルレアン公フィリップ・ド・ヴァロワと結婚した。

ジャンヌが用いた礼拝用の本(メトロポリタン美術館蔵)と、小さな銀製の聖母子像(ルーヴル美術館蔵)が今も残っている。夫の死後は祈りの生活に入り、ブリー=コント=ロベール(現在のセーヌ=エ=マルヌ県)で死去した。