ジグマンタス・バルチーティス

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ジグマンタス・バルチーティス
Zigmantas Balčytis
生年月日 (1953-11-16) 1953年11月16日(70歳)
出生地 リトアニア・ユオジャイ (Juodžiai)
出身校 ヴィリニュス大学(1976年)
所属政党リトアニア共産党 (1989–1990) →)
リトアニア民主労働党 (1990-2001) →)
リトアニア社会民主党 (2001–2017) →)
リトアニア社会民主労働党 (2017–2021) →)
民主連合「リトアニアのために」 (2021–)
配偶者 セヴェリナ・バルチーティエネ

リトアニアの旗 リトアニア共和国運輸通信大臣
内閣 ブラザウスカス内閣
在任期間 2001年 - 2005年

内閣 ブラザウスカス内閣、キルキラス内閣
在任期間 2005年 - 2007年

在任期間 2006年 - 2006年

当選回数 3
在任期間 2000年 - 2009年

選挙区 リトアニア
当選回数 1
在任期間 2009年 -
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ジグマンタス・バルチーティス(Zigmantas Balčytis、1953年11月16日 - )は、リトアニアの政治家。

経歴[編集]

2001年より運輸通信大臣を務め、2005年からは財務大臣を務めた。2006年アルギルダス・ブラザウスカス首相(当時)の退任に伴い暫定で首相を務めたが、セイマス(国会)の承認を得られなかったため、ゲディミナス・キルキラスにその席を譲った。

2009年の欧州議会議員選挙により、欧州議会議員となった。

2014年リトアニア大統領選挙リトアニア社会民主党から立候補。第1回投票では2位につけるも、決選投票で現職のダレ・グリーバウスカイテに敗れる。

2017年から2021年までリトアニア社会民主労働党党員。

2021年10月19日、バルチーティスはリトアニア社会民主労働党を離党し、翌年結成された民主連合「リトアニアのために」に加わる[1]

家族[編集]

妻はセヴェリナ、1人の息子(ドナタス)と1人の娘(カミレ)がいる。

脚注[編集]

公職
先代
リマンタス・ディジョカス
リトアニアの旗 リトアニア共和国運輸通信大臣
2001年 – 2005年
次代
ペトラス・チェスナ
先代
アルギルダス・ブトケヴィチュス
リトアニアの旗 リトアニア共和国財務大臣
2005年 – 2007年
次代
リマンタス・シャジュス
先代
アルギルダス・ブラザウスカス
リトアニアの旗 リトアニア共和国首相
2006年
(暫定)
次代
ゲディミナス・キルキラス