シリウス (蒸気船)
|
| |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 船籍 |
|
| 経歴 | |
| 竣工 | 1837年 |
| その後 | 1847年1月16日に遭難 |
| 要目 | |
| 総トン数 | 703トン |
| 排水量 | 1,995トン |
| 全長 | 200フィート (60.9m) |
| 最大幅 | 25フィート (7.62m) |
| 型幅 | 47フィート (14.3m) |
| 喫水 | 15フィート (4.5m) |
| 機関方式 |
蒸気機関 マスト |
| 速力 | 8.03ノット |
| 旅客定員 | 40名 |
| 乗組員 | 36名 |
シリウス(SS Sirius)は、イギリスのセント・ジョージ蒸気郵船会社の船[1]。外輪船である。蒸気船でありながら、補助用の帆を装着するためのマストを2本持つ。[2]
船歴
[編集]「シリウス」は1837年にスコットランドのリースで建造され、ロンドン・コーク間の航路に就航した[1]。
1838年3月、蒸気船による大西洋横断航路開設に乗り出したブリティッシュ・アンド・アメリカン蒸気航海会社は、自社船「ブリティッシュ・クイーン」の建造が遅延していたことから、他社に先んずるため「シリウス」を傭船した[3]。
3月28日にコークへ向けロンドンを出港した「シリウス」は試運転中であったライバル会社の「グレート・ウェスタン」と遭遇している[4]。
「シリウス」は乗客44人を乗せて4月4日にコークを出港[4]。4月23日、「グレート・ウェスタン」より数時間早くニューヨーク港に入港し、この航路の一番船となった[5]。航海時間は18日14時間22分であった[6]。この航海では石炭が不足し、船内の木製品も燃料とされたという[5]。
「シリウス」はイギリスへ戻った後、再度ニューヨークへの往復航海を行い、7月に傭船解除となって元の航路に戻った[7]。
1847年1月15日、ダブリンからコークへ向かっていた「シリウス」はコーク付近で濃霧の中触礁し損傷[8]。後進してそこを離れるも、浸水多量であったため船長は岸に向かおうとしたが、バリコットン西方約1.5浬の場所で座礁した[8]。乗員乗客90名中71名が救助された[8]。死者は、8人乗りの救命艇に20人が乗ったため沈没したことで生じた[8]。
設計
[編集]「シリウス」は703総トン、長さ54.3メートル、幅7.8メートル[9]。機関はサイドレバー・エンジンで、出力320馬力、計画速力9ノットであった[1]。表面復水器が採用されていた[1]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 杉浦昭典『蒸気船の世紀』NTT出版、1999年、ISBN 4-7571-4008-8
外部リンク
[編集]| 記録 | ||
|---|---|---|
| 先代 無し |
ブルーリボン賞 (船舶)保持船舶 (西回り航路) 1838年 |
次代 グレート・ウェスタン |
| 先代 無し |
ブルーリボン賞 (船舶)保持船舶 (東回り航路) 1838年 |
次代 グレート・ウェスタン |