サン=ジャム

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Saint-James
Armoiries de Saint-James.jpg
FranceNormandieSaintJamesEglise.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ノルマンディー地域圏
(département) マンシュ県Blason département fr Manche.svg
(arrondissement) アヴランシュ郡
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 50487
郵便番号 50240
市長任期 ミシェル・トゥリー
2008年 - 2014年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes de Saint-James
人口動態
人口 2718人
2011年
人口密度 151人/km2
住民の呼称 Saint-Jamais
地理
座標 北緯48度31分25秒 西経1度19分24秒 / 北緯48.523611度 西経1.323333度 / 48.523611; -1.323333座標: 北緯48度31分25秒 西経1度19分24秒 / 北緯48.523611度 西経1.323333度 / 48.523611; -1.323333
標高 平均:? m
最低:28 m
最高:151 m
面積 17.96km2
Saint-Jamesの位置(フランス内)
Saint-James
Saint-James
テンプレートを表示

サン=ジャムSaint-James)は、フランスノルマンディー地域圏マンシュ県コミューン

地理[編集]

サン=ジャムはノルマンディーブルターニュの境界に位置している。

ブーヴロン川とディエルジュ川がコミューンを流れる。

由来[編集]

中世、町はサン・ジャム・ド・ブーヴロン(Saint James de Beuvron)として知られていた。フランス革命時代にはブーヴロン・レ・モン(Beuvron-les-Monts)という名をつけられていた[1]

歴史[編集]

リベラシオン通り

1067年、イングランド王ウィリアム1世(征服王)は、ブルトン人の攻撃から領土を守るためにサン=ジャムの町に要塞を構築した。町の防衛設備は15世紀終わりまで続いた。10世紀から18世紀まではラシャ製造の町となり、モン・サン=ミシェル巡礼へ向かう巡礼者たちの中継地であった。

百年戦争の最中であった1426年初め、ブルターニュ公ジャン5世は実弟リッシュモン元帥と協力してサン=ジャムでイングランド軍を包囲したが、成功しなかった。しかし、1449年にノルマンディー征服事業が開始されるとリッシュモンの軍にサン=ジャムは落とされた[2]

ふくろう党との戦いの時代、町は共和国派とシュアンの間で起きた数度の衝突の場となった。1796年の前半を通じ、町はシュアンの手中にあった。

1901年から1933年まで、ノルマン・トラムが運営するアヴランシュ-サン=ジャム間路線が町に通じていた。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2011年
2415 2452 2489 2766 2976 2917 2735 2718

参照元:1999年までEHESS[3]、2004年以降INSEE[4][5]

経済[編集]

  • 『セント・ジェームズ』(Saint-James)の名で日本に紹介されているニットウェア会社。漁業関係者用セーターの会社として、サン=ジャムで創業。

史跡[編集]

  • アメリカ人墓地 - 4410人の兵士が埋葬されている。
  • サン・ブノワの巨石 - 紀元前4000年頃のもの。フランス歴史文化財に登録されている[6]
  • サン・ジャック教会
  • パリュエルのシャトー - フランス歴史文化財に登録されている

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]