ゴータ郡

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ゴータ郡
Landkreis Gotha
紋章
ゴータ郡の紋章
ドイツでの位置
ドイツにおけるゴータ郡の位置
行政
ドイツの旗 ドイツ
テューリンゲン州の旗 テューリンゲン州
郡長 Onno Eckert
地理
面積 935.9 km² (2014-12-31現在)[1]
人口
人口 135,452 人 (2018年12月31日現在)[2]
人口密度 144.7 人/km²
郡庁
所在地 ゴータ
住所 18.-März-Straße 50
99867 Gotha
その他
ナンバープレート GTH
自治体コード 16 0 67
州内での位置
テューリンゲン州におけるゴータ郡の位置

ゴータ郡 (ドイツ語: Landkreis Gotha)は、ドイツ連邦テューリンゲン州の郡。 東に州都エアフルトと接する。 郡都はゴータ

歴史[編集]

1640年神聖ローマ帝国ザクセン=ヴァイマル公国の一部を分離し、ザクセン=ゴータ公国が建国された。 後に周囲の公国から領土を割譲された。

1680年、ザクセン=ゴータ公国は7つの公国に分割され、ゴータ郡の領域はザクセン=ゴータ=アルテンブルク公国が統治した。

1825年フリードリヒ4世の崩御によって、公国はザクセン=ヒルトブルクハウゼン公国とザクセン=コーブルク=ゴータ公国に分割された。

1918年ドイツ革命によってドイツ帝国が滅亡すると、南部のコーブルクバイエルン州に、北部のゴータ郡はテューリンゲン州に編入された。

1922年10月1日ヴァイマル共和政府はゴータを中心に、オーアドルフヴァルタースハウゼン英語版を統合してゴータ郡が設置された。後に南のオーバーホーフも併合した。

1933年ナチス政府によって自治権が奪われた。

第二次世界大戦後は、アメリカ軍と後にソ連軍がヴァイマル時代の行政機構を回復した。

1946年、郡に複数の自治体が追加・除外された。

1949年東ドイツの一部になった。

1950年、範囲が変更された。

1952年、行政改革が行われた。

1990年5月、1946年以来初の自由選挙がテューリンゲン州で行われ、その結果10月には自由州となった。

1993年、地方政府の権力が公的に保証された。

1994年、旧東ドイツの複数の町が郡に加わった。

人口[編集]

  • 1925年:10万4178人
  • 1933年:10万6262人
  • 1939年:11万1101人
  • 1994年:14万8437人
  • 1995年:14万8373人
  • 1996年:14万8868人
  • 1997年:14万9532人
  • 1998年:14万9625人(人口最大)
  • 1999年:14万9491人
  • 2000年:14万8527人
  • 2001年:14万7418人
  • 2002年:14万6632人
  • 2003年:14万5383人
  • 2004年:14万4833人
  • 2005年:14万3745人
  • 2006年:14万2491人
  • 2007年:14万1405人
  • 2008年:14万41人
  • 2009年:13万8857人
  • 2010年:13万8056人
  • 2011年:13万7340人
  • 2012年:13万5376人
  • 2013年:13万5155人
  • 2014年:13万5381人
  • 2015年:13万6831人
  • 2016年:13万5430人[3]

姉妹都市[編集]

紋章[編集]

Coat of arms

主要自治体[編集]

人口は2018年12月31日の値。

脚注[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯50度55分 東経10度45分 / 北緯50.92度 東経10.75度 / 50.92; 10.75