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ゲオルク1世 (ヴァルデック侯)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ゲオルク1世
Georg I
ヴァルデック=ピルモント侯
在位 1812年 - 1813年
別号 ピルモント侯
在位 1805年 - 1812年

出生 1747年5月6日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
ヴァルデック侯国アーロルゼン
死去 (1813-09-09) 1813年9月9日(66歳没)
ヴァルデック=ピルモント侯国ピルモント
配偶者 アウグステ・フォン・シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン
子女 一覧参照
父親 ヴァルデック侯カール・アウグスト・フリードリヒ
母親 クリスティアーネ・ヘンリエッテ・フォン・ツヴァイブリュッケン=ビルケンフェルト
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ゲオルク1世Georg I., 1747年5月6日 - 1813年9月9日)は、ヴァルデック侯(在位:1812年 - 1813年)。

生涯[編集]

カール・アウグスト・フリードリヒ英語版とその妃であったプファルツ=ビルケンフェルト=ツヴァイブリュッケンクリスティアン3世の娘クリスティアーネ・ヘンリエッテ英語版(1725年 - 1816年)の4男。1747年5月6日にアーロルゼン(現バート・アーロルゼン)で生まれた。

ゲオルク1世を描いた硬貨

1784年9月12日シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯子アウグスト2世の娘アウグステ(1768年 - 1849年)と結婚した。1805年に兄のヴァルデック=ピルモント侯フリードリヒ・カール・アウグスト英語版からピルモントを譲渡されピルモント侯となるが、フリードリヒ・カール・アウグストには息子がいなかったため、1812年に彼が死去するとヴァルデックも相続した。しかし、ゲオルク1世も翌年に急死、息子のゲオルク2世が後を継いだ。

子女[編集]

外部リンク[編集]

ウィキメディア・コモンズには、ゲオルク1世 (ヴァルデック侯)に関するカテゴリがあります。

先代
フリードリヒ・カール・アウグスト英語版
ヴァルデック侯
1812年 - 1813年
次代
ゲオルク2世