シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国

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シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国
Schwarzburg-Sondershausen
シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国の国旗 Wappen Deutsches Reich - Fürstentum Schwarzburg-Sondershausen.png
国旗 (紋章)
国歌 :
ドイツ帝国内でのシュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国の位置
首都 ゾンダースハウゼン
君主号 グラーフGraf
1697年以降はフュルストFürst
君主家 シュヴァルツブルク家
面積 862 km2(1905年)
人口 85,000人(1905年)
人口密度 98.6 /km²
成立 成立(1599年)
消滅 ドイツ革命による君主制廃止(1918年)
シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン自由国を経てヴァイマル共和国テューリンゲン州
連邦参議院での投票権数 1
ナンバープレート SS

シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国: Schwarzburg-Sondershausen)は、1599年から1918年まで、ドイツ中部のテューリンゲン地方に存在した領邦国家である。

地理[編集]

テューリンゲン諸国におけるシュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国(1900年)

ドイツ帝国のもとでテューリンゲン諸国 (de:Thüringische Staatenと総称された領邦群のうちのひとつである。首都はゾンダースハウゼン(現在はテューリンゲン州キフホイザー郡に属する)。

テューリンゲン地方は、歴史的経緯から各国が大小の飛地を有して入り組んでいた。ドイツ帝国時代のシュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国は、大きく南北2つの領土に分かれており、首都ゾンダースハウゼンは北側に位置していた。南側の飛地には、アーンシュタット (de:Arnstadt(イルム郡)などの都市があった。

歴史[編集]

1697年までは元首は伯爵 (Graf) を名乗っていたが、以降は侯 (Fürst) になった。その後、神聖ローマ帝国が解散すると、1807年にライン同盟、1815年にドイツ連邦、1866年には北ドイツ連邦に加盟し、1871年にはドイツ帝国の構成国となる。しかし、1918年ドイツ革命の影響により崩壊し、自由国となった。1920年にテューリンゲン州の一部となる。