ケンブリッジ・ファイヴ

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ケンブリッジ・ファイヴ英語: Cambridge Five)は、戦間期から1950年代にかけてイギリスで活動したソビエト連邦スパイ網。暗号名から少なくとも5人のスパイが存在したことがわかっており、そのうち4人はキム・フィルビー(暗号名:スタンレー)、ドナルド・マクリーン(暗号名:ホーマー)、ガイ・バージェス英語版(暗号名:ヒックス)、アンソニー・ブラント英語版(暗号名:ジョンソン)であると判明している。残りの一人はジョン・ケアンクロス英語版(暗号名:リスト)と見られている。

  • キム・フィルビー・・SISワシントン代表、次期長官候補。暴露後ソ連亡命。
  • サー・アンソニー・ブラント・・王室美術顧問、王室のドイツとのつながりを仲介していたと言われるなど王室の弱みを握る。発覚して自白後も公表されず、王室顧問にとどまる。暴露後サーを剥奪される。
  • ガイ・バージェス・・BBC勤務、外務省勤務を経て、暴露後ソ連亡命。
  • ドナルド・マクリーン・・外務省勤務を経て、暴露後ソ連亡命。
  • ジョン・ケアンクロス・・外務省、大蔵省を含む政府機関勤務を経て、暴露後はアメリカでの大学勤務、国連勤務。


メンバーは1930年代ケンブリッジ大学において共産主義を信奉するようになり、ソ連の情報当局のリクルート担当[1]からの勧誘によってスパイとして活動するようになった。イギリスの外務省MI6などの職員であったメンバーは、イギリスとその同盟国の外交、軍事、諜報などに関わる大量の情報をソ連に手渡した。彼らのスパイ活動は1950年代に露見し、メンバーの多くがソ連に亡命した。

特にソ連スパイの情報、亡命東欧人の母国潜入工作、ベルリンのゴールド作戦などは、1件を除きすべての情報がフィルビーを通ったため[2]、頓挫したり処刑されたりした。

ブラント、バージェス、ケアンクロスはケンブリッジ大学トリニティ・カレッジキングズ・カレッジのエリート・サークルであるケンブリッジ使徒会英語版(アポスルズ)のメンバーだった[3]

関連項目[編集]

  1. ^ ルース・クチンスキーだと言われている。
  2. ^ CIAは先輩のSISとの共同工作をしたため
  3. ^ 『裏切りの季節』アンドルー・ボイル著,亀田政弘訳、1980年11月。サンケイ出版