クラレンス・ケリー・ジョンソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
クラレンス・レオナルド・ケリー・ジョンソン
Clarence Leonard "Kelly" Johnson
Kelly-Johnson Electra.jpg
生誕 1910年2月27日
ミシガン州イシュプミング
死没 (1990-12-21) 1990年12月21日(80歳没)
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
主な業績 航空工学
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示

クラレンス・レオナルド・ケリー・ジョンソンClarence Leonard "Kelly" Johnson1910年2月27日 - 1990年12月21日)はアメリカ合衆国の航空技術者。

来歴[編集]

1932年に航空工学の修士号をミシガン大学で取得したジョンソンはロッキード社に入社して航空機技術者として頭角を現し、第二次世界大戦後はスカンクワークスで数々の航空機開発計画に参加した。いずれも尖った特徴を有する機体で世界最高水準の性能を有していた。彼は空軍の官僚的な体質とは反りが合わず、度々衝突していたと伝えられる[1]軍用機だけではなく、民間機の開発も手掛けた。

開発に関与した代表的な機体[編集]

出典[編集]

  1. ^ ベン・リッチ『ステルス戦闘機—スカンク・ワークスの秘密』増田興司講談社 1997年 ISBN 4062085445

著書[編集]

  • Johnson, Clarence L. "Kelly", et Maggie Smith, 1985. Kelly: More Than My Share of It All. Smithsonian Institution Press, 0874745640

関連項目[編集]

外部リンク[編集]