カエサル家
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カエサル家 (ラテン語: Julii Caesares) は、古代ローマの中の家族名(コグノーメン)のひとつ。ユリウス氏族に属する。
由来[編集]
この名前の由来については、『ローマ皇帝群像』がいくつかの説を挙げている。いずれもはじめてカエサルの名を得た人物に関するもので、
- ベルベル系であるマウレタニア人の言葉で「カエサイ」と呼ばれていたゾウを倒したためそう呼ばれるようになったとするもの。
- あるいはこの人物は母親の腹を「切り開いて」(caeso)生まれたからとするもの(帝王切開)。
- 生まれたときから「豊かで長い髪」(caesaries)が生えていたためとするもの。
- 「灰色の目」(oculi caesii)をしていたためとするもの。
以上4つの説を紹介している。
人物[編集]
- セクストゥス・ユリウス・カエサル:紀元前2世紀の人物。ルキウス・アエミリウス・パウルス・マケドニクスの下で軍務につき、リグリアを治める。セクストゥス・ユリウス・カエサル1世とも。
- セクストゥス・ユリウス・カエサル:紀元前157年の執政官(コンスル)、セクストゥス・ユリウス・カエサル2世とも。
- セクストゥス・ユリウス・カエサル:紀元前91年の執政官(コンスル)、セクストゥス・ユリウス・カエサル3世とも。
- ガイウス・ユリウス・カエサル(紀元前140年頃 – 紀元前85年):6のカエサルの父。紀元前92年にプラエトル(法務官)、紀元前90年代にプロコンスル格のアシア属州の総督を歴任。ガイウス・ユリウス・カエサル3世とも。
- ルキウス・ユリウス・カエサル:(紀元前135年頃 – 紀元前87年):紀元前94年にプラエトルに選出。紀元前90年の執政官で、「ユリウス市民権法」を制定して同盟市戦争終結に大きく貢献した。ローマへ侵攻したガイウス・マリウスによって殺害される。ルキウス・ユリウス・カエサル4世とも。4のカエサルの兄、6のカエサルの伯父。
- ガイウス・ユリウス・カエサル:共和政ローマ期の政治家・軍人、終身独裁官(ディクタトル・ペルペトゥア)。4のカエサルの息子。後にウィリアム・シェイクスピアはこのカエサルを題材とした戯曲(ジュリアス・シーザー (シェイクスピア))を書いている。
- ルキウス・ユリウス・カエサル:5のカエサルの息子。ルキウス・ユリウス・カエサル5世とも。
- ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス:後のアウグストゥス。ローマ帝国初代皇帝。6のカエサルの養子。
以降はユリウス・クラウディウス朝を参照。なお、系図についてはen:Julio-Claudian family treeも参照。
末裔[編集]
現在のスイス領内に発祥したドイツ系貴族の家系であり、マリア・テレジアを輩出したハプスブルク家はカエサル家の末裔を自称している。