カイ・フランク

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カイ・フランク(Kaj Franck, 1911年- 1989年)は、フィンランドデザイナー

1932年からヘルシンキの美術工芸大学で家具デザインを学ぶ。 1938年にテキスタイルデザイナー、1945年にアラビア社のデザイナーとなり、1950年に同社のアートディレクターに就任。 陶磁器のデザイナーとして活動していたが、1946年からイッタラ社、1950年からヌータヤルヴィ社(1988年にイッタラ社と合併)でガラス・デザインに携わる。 フィンランド農民の古い文化や工芸品を理想の手本としたシンプルな機能美は「フィンランドの良心」と呼ばれ、今も親しまれている。 実用的なガラス器のデザイナーとして著名であるが、アートガラスや一点物の作品も作成している。 日本においては1956年に私的旅行として来日、各地を訪問している内にその存在の噂が広がり、京都で講演を行っている。そのインパクトは強く、今度は正式に来日を要請して1958年に陶磁器デザインのあり方を問いただした講義内容は日本のデザイン全般にも影響を与えるものであったとされる。

また、カイ・フランクは来日した際、日本の技術に驚き日本人何人かを伴い帰国した。

年表[編集]

  • 1911年 ヴィボルグ(フィンランド語ではヴィープリ。現在はロシア領)に生まれる。
  • 1938年 テキスタイルデザイナーとなる。
  • 1945年 アラビア社の陶磁器デザイナーとなる。
  • 1946年 イッタラ社のガラスデザイナーとなる。同年、新作を対象としたガラス・アート・デザインコンペティションで2位と3位を獲得する。(1位はタピオ・ヴィルカラ)
  • 1950年 ヌータヤルヴィ社のガラスデザイナーとなる。
  • 1955年 作品がニューヨーク近代美術館に所蔵される。
  • 1955年 ヌータヤルヴィ社のプレスガラス製品のデザインを任される。
  • 1956年 米国講演旅行の帰路、私費で来日、各地訪問。噂が広がり多くの有人と接触する。
  • 1957年 ミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。
  • 1958年 正式要請により来日、講演やワークショップを開催。森正洋氏も参加する。
  • 1989年 ギリシア旅行中に死去。
  • 2011年 フィンランドで生誕100周年を記念し、切手シートと記念コインが発売される。

主な作品[編集]

陶磁器[編集]

  • 1948年 - キルタ(Kirta) (現在もティーマ(Teema)としてロングセラーを続けている)

ガラス製品[編集]

  • 1953年 - タンブラー2744
  • 1956年 - タンブラー5027-20(現在もカルティオ(Kartio)としてロングセラーを続けている)
  • 1966年 - サルガッソ
  • 1970年 - 月(現在も時折イッタラ社で制作されている)

関連項目[編集]