オンブラ・マイ・フ

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エンリコ・カルーソー(テノール)1920年。1分ほどの叙唱後、著名なフレーズが歌い上げられる。

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オンブラ・マイ・フ」(Ombra mai fù)は、ヘンデルの作曲したオペラセルセ』(Serse, Xerxes)第1幕冒頭のアリアペルシャ王セルセ(クセルクセス1世)によって歌われる。調性はヘ長調。詩はプラタナスの木陰への愛を歌ったもの。

下降と上昇を組み合わせた、伸びやかな旋律線を持つ。旋律素材はボノンチーニの同名の曲(1694年)の借用だとされている[1]

ヘンデルは没後も名声が落ちなかったが、レパートリーに残ったのはごく一部の作品だけだった[2]。オペラ作品はほとんど忘却され、『セルセ』もその例外ではなかったが、官能的な「オンブラ・マイ・フ」だけが19世紀にヘンデルのラルゴの名を与えられて愛唱されるようになった[3]。元来カストラートのための曲だが、今日は主にソプラノにより歌われる。

なお、原作の速度記号はラルゴではなくラルゲットであり、アリアでもなくアリオーソと書かれている。

演奏[編集]

1902年にはスーザのバンドによる演奏で「ラルゴ」が録音された[4]。「ラルゴ」は、『メサイア』と並んでレコード会社に断然人気のある作品である[5]

この曲は「世界で初めて電波に乗せて放送された音楽」でもある。1906年12月24日レジナルド・フェッセンデンによって行われた初めてのラジオ実験放送レコードにより演奏された[6]

キャスリーン・バトル盤[編集]

ソプラノ歌手キャスリーン・バトルによる録音[7]が、実相寺昭雄監督による映像とともに、1986年夏からニッカウヰスキーのCMに使用され、日本で大きな反響を巻き起こした[8]。ニッカウヰスキーには、曲や歌手に関する視聴者からの問い合わせの電話や手紙が殺到し[8]ウイスキー全体の市場が伸び悩む中、スーパーニッカの売上は2割増となった[8]

1987年1月にLPで、同年5月にCDで、この録音を含む9曲入りアルバム『オンブラ・マイ・フ/キャスリーン・バトル』がキングレコードから発売され(LP番号 K15C-4019、CD番号 K30Y-235)、20万枚の売上を記録した[9]。資料によっては3か月で公称25万枚[8]

歌詞[編集]

原詩

Ombra mai fù
di vegetabile,
cara ed amabile,
soave più

日本語訳

かつて、これほどまでに
愛しく、優しく、
心地の良い木々の陰はなかった

脚注[編集]

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  1. ^ Dean (1982) p.81
  2. ^ ホグウッド(1991) p.485
  3. ^ ホグウッド(1991) p.262
  4. ^ ホグウッド(1991) p.482
  5. ^ ホグウッド(1991) p.484
  6. ^ Fessenden: Builder of Tomorrows. New York: Coward-McCann Inc. (1940). p. 153. https://archive.org/details/fessendenbuilder006701mbp/page/n169. 
  7. ^ 1986年5月にロンドンのアビーロード・スタジオで収録。
  8. ^ a b c d 「CM“バトル現象”レコード25万枚売る(記写縦横)」『朝日新聞』1987年4月10日付朝刊、25頁。
  9. ^ レーザーディスク『ディーバ~キャスリーン・バトルの歌声』(創美企画/SKL-1001)のライナーノーツより。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]