オルタ・サン・ジューリオ

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オルタ・サン・ジューリオ
Orta San Giulio
オルタ・サン・ジューリオの風景
サン・ジューリオ島とオルタの町
行政
イタリアの旗 イタリア
ピエモンテ州の旗 ピエモンテ
ノヴァーラ
CAP(郵便番号) 28016
市外局番 0322
ISTATコード 003112
識別コード G134
分離集落 Legro, Corconio, Imolo
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
公式サイト リンク
人口
人口 1,262 [1](2017-01-01)
人口密度 185.3 人/km2
文化
住民の呼称 ortesi
守護聖人 San Giulio di Orta
祝祭日 1月31日
地理
座標 北緯45度48分0秒 東経8度24分0秒 / 北緯45.80000度 東経8.40000度 / 45.80000; 8.40000座標: 北緯45度48分0秒 東経8度24分0秒 / 北緯45.80000度 東経8.40000度 / 45.80000; 8.40000
標高 294 (290 - 467) [2] m
面積 6.81 [3] km2
オルタ・サン・ジューリオの位置(イタリア内)
オルタ・サン・ジューリオ
オルタ・サン・ジューリオの位置
イタリアの旗 ポータル イタリア
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オルタ・サン・ジューリオイタリア語: Orta San Giulio)は、イタリア共和国ピエモンテ州ノヴァーラ県にある、人口約1,300人の基礎自治体コムーネ)。

町はオルタ湖 (it:Lago d'Ortaの東岸から突き出した半島に位置しており、湖上にはサン・ジューリオ島 (it:Isola di San Giulioが浮かぶ。町のそばにはサクロ・モンテがあるため、町と島は礼拝・巡礼の地として知られており、小規模ながら人気のある観光地である。オルタのサクロ・モンテ (it:Sacro Monte di Ortaは、2003年に登録された世界遺産ピエモンテ州とロンバルディア州のサクリ・モンティ」の一部を構成する。

地理[編集]

Pfeil rechts oben rot.svg
ノヴァーラ県概略図

位置・広がり[編集]

ノヴァーラ県北部に位置するコムーネである。ヴェルバーニアから南西へ約18km、県都ノヴァーラから北北西へ約42km、ミラノから北西へ約70km、州都トリノから北東へ約99kmの距離にある[4]

隣接コムーネ[編集]

隣接するコムーネは以下の通り。

集落[編集]

オルタ・サン・ジューリオの町は、オルタ湖に東岸から突き出た半島の先端に築かれている。半島の南部にある丘にサクロ・モンテが築かれており、半島の西にはサン・ジューリオ島がある。

分離集落レーグロ(Legro)は、半島の根元(東側)にあたる場所に位置しており、鉄道駅もここにある。コルオーニオ(Corconio)はオルタ・サン・ジューリオの町から2kmほど離れた湖岸にある。

市街からサン・ジューリオ島を望む 
町役場 
サクロ・モンテの建物のひとつ 

歴史[編集]

ベルギーの歴史家・軍人Charles Rouenによるオルタのスケッチ(1868年頃)

オルタは、ルー・アンドレアス・ザロメフリードリヒ・ニーチェの挿話でも知られる。1882年5月、ルーは、ローマで「三角関係」の共同生活をしていた友人のパウル・レーとニーチェ、および彼女の母親とともにドイツへの帰途に就いたのだが、その途中数日間オルタに滞在した。ニーチェとルーは、サクロ・モンテを訪問し、数時間を二人きりで過ごした。ルーはここでニーチェにキスを与えたようである。ニーチェは恋に落ちたが、ルーはこのことを忘れ、またニーチェとの関係を発展させることもなかった。この出来事とその後の人間関係の変化は、ニーチェの苦悶させることとなった。

文化・観光[編集]

イタリアの最も美しい村」クラブの加盟コムーネである。

町の通り 
Piazza Mario Motta 
船着場 
サクロ・モンテから島を眺める 
町の通り 
町役場の建物 

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

オルタ湖東岸を走るSP229が、北のオメーニャと南のゴッツァーノを結んでいる。

脚注[編集]

外部リンク[編集]