オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド

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オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド
ODJBcard.JPG
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオーリンズ
ジャンル ジャズ
ディキシーランド・ジャズ
活動期間 1916年-1924年1936年-1938年
レーベル ビクタートーキングマシン
公式サイト ODJB.com
メンバー ニック・ラ・ロッカ
エディ・エドワーズ
ラリー・シールズ
ヘンリー・ラガス
トニー・スバーバロ

オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドOriginal Dixieland Jass Band、デビュー後Original Dixieland Jazz Bandに改名)は、アメリカ合衆国ニューオーリンズ出身の白人ジャズバンド。略称O.D.J.B.。ジャズ界で初の商業用レコードを発表したバンドとして知られる。

来歴[編集]

1916年ジョニー・ステインドラム)を中心に結成されたステインズ・ディキシーランド・ジャズ・バンドStein's Dixieland Jass Band)を前身とする。その後、ジョニーが脱退してニック・ラ・ロッカコルネット)を中心とした体制が確立し、Original Dixieland Jass Bandと改名。バンドはニューヨークに移り、初レコーディングはコロムビア・レコードで行うが、コロムビア側がバンドのオリジナル曲を演奏させたがらなかったため決裂。バンドはギャラは受け取るが、レコードは出してもらえなかった。

1917年、バンドはビクタートーキングマシンでレコーディングを行い、「Dixie Jass Band One Step」と「Livery Stable Blues」の2曲入りレコードを発表、大ヒットとなる。これがジャズ初のレコードとされている。その後も「At The Jazz Band Ball」、「Tiger Rag」等をヒットさせるが、1919年ピアニストヘンリー・ラガススペイン風邪で他界。J・ラッセル・ロビンソンを後任として迎え、1920年代前半まで活動を続ける。

1936年オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・ファイヴOriginal Dixieland Jazz Five)と名乗って再結成し、1938年まで活動。

1969年、メンバーの中で最後まで存命だったトニー・スバーバロドラム)が他界。

1990年代中期から、ニックの息子ジミー・ラ・ロッカが、オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドの名前を継承したバンドで活動する。

メンバー[編集]

オリジナル・メンバー

その他

関連項目[編集]

外部リンク[編集]