イチムラ (百貨店)

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株式会社 イチムラ
Ichimura Department Store Logo.jpg
Ichimura Department Store Logo Japanese.jpg
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
新潟県
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イチムラは、かつて新潟県内に存在した日本の百貨店さくら野百貨店の前身のひとつで、晩年はダックシティと称した。

概要[編集]

1950年(昭和25年)に新潟県長岡市坂之上町で市村保治がイチムラ洋品店として創業した[1]のが始まりである。

1954年(昭和29年)4月25日に新潟県長岡市の大手通に移転し、イチムラ百貨店として開業し[1]、同じ大手通に開店した大和丸専デパートとともに人気のある大型店として賑わいの中心となった。

そして1962年(昭和37年)4月には新潟県長岡市大手通2丁目に新店舗を建設し[1]1963年(昭和38年)6月15日に百貨店審議会で百貨店法による営業の認可を受けて法律上も百貨店となった[2]

1970年(昭和45年)10月[3]には新潟市東堀通6番町1045[4]に地上10階地下3階建ての建物を建設して新潟店を開店し[5]、ライバルの百貨店でともに長岡市大手通を構えると同時に新潟市にも出店していた大和や丸大と長岡と新潟の両市で競争を繰り広げた。

その後1978年(昭和53年)3月にニチイの支援を受けて、カネ長武田百貨店山田百貨店丸光小美屋とともに新時代の百貨店を目指して「株式会社 百貨店連合」を設立し、同年4月に業務委託契約を結んで仕入関連業務を集約するなど業務の改革も行った[6]

しかし、新潟店は相次ぐ大型店進出ラッシュの中で新潟市の競争が激化した煽りを受けて業績不振に陥り[7]、1980年(昭和55年)に閉店となった[3]

そして1981年(昭和56年)3月に先行して武田百貨店と山田百貨店の2社とともに合併して 株式会社 武田山田百貨店 を発足させたため、企業としてのイチムラは消滅した[6]

さらに、1982年(昭和57年)9月に株式会社 百貨店連合が武田山田百貨店 や[6]1982年(昭和57年)3月に丸光(本社:仙台市・資本金8億円)と合併して株式会社丸光小美屋を設立していた丸光小美屋と合併し[8]、5社が経営していた百貨店の経営を完全に引継いだため当店の経営も株式会社百貨店連合へ移行している[6]

最後まで残ったダックシティ イチムラを経て、閉店時点の名称はダックシティであった。

(以降イチムラを前身に持つ法人についてはダックビブレ及びさくら野百貨店を参照)

十日町市のイチムラ[編集]

市村の出身地である十日町市には、市村の親族が経営する化粧品や婦人服を扱う「市村百貨店」が存在し、イチムラが閉店後も同じ商標とロゴを継続使用していたが2018年4月16日に128年に渡る営業を終了した[9]

展開していた店舗[編集]

  • (初代)長岡店(1950年(昭和25年)開店[1] - 1954年(昭和29年)移転に伴い閉店[1]
    新潟県長岡市坂之上町[1]
ダックシティ長岡店
DAC CITY Nagaoka
DAC CITY ICHIMURA Nagaoka.jpgDAC CITY ダックシティ イチムラ 長岡店 提携駐車場 看板.jpg
提携駐車場に設置された看板(2016年8月)
店舗概要
所在地 940
新潟県長岡市大手通2丁目[1]
開業日 1954年(昭和29年)4月25日[1]
閉業日 1997年(平成9年)2月[10]
正式名称 ダックシティ長岡店
敷地面積 1,940[10]
延床面積 11,625[10]
商業施設面積 6,140[4]
前身 イチムラ洋品店
イチムラ百貨店
ダックシティ イチムラ長岡店
後身 長岡市役所 大手通分室
最寄駅 長岡駅
最寄IC 長岡IC
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  • (2代目)長岡店(1954年(昭和29年)4月25日開店[1] - 1962年(昭和37年)移転に伴い閉店[10]
    新潟県長岡市大手通[1]
  • (3代目)長岡店(1962年(昭和37年)4月開店[1] - 1997年(平成9年)2月閉店[10]
    新潟県長岡市大手通2丁目[1]
    店舗跡は2003年(平成15年)7月から1・2階の東側を長岡市の施設「まちなか・考房」「長岡戦災資料館」として、2004年(平成16年)4月から1階西側を長岡市役所大手通分室として利用していたが、2008年(平成20年)6月に市街地再開発のために取り壊され[10]2011年(平成23年)7月6日フェニックス大手イーストが竣工し、長岡市役所大手通庁舎として本庁機能のうち商工と観光に関する部署が置かれているほか、第四銀行・新潟証券(現:第四証券)・地域交流センター「まちなかキャンパス長岡」、新潟県中越地震の資料を集積した災害や防災に関する啓発施設「長岡震災アーカイブセンター きおくみらい」などが設けられている[11]
イチムラ百貨店 新潟店
Ichimura Department Store Niigata
Ichimura Department Store Logo Japanese.jpg
店舗概要
所在地 新潟市東堀通6番町1045[4]
開業日 1970年(昭和45年)10月[3]
閉業日 1980年(昭和55年)閉店[3]
商業施設面積 9,438[3]
後身 新潟ウィズ[4]
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  • 新潟店(1970年(昭和45年)10月開店[3] - 1980年(昭和55年)閉店[3]
    新潟市東堀通6番町1045[4]、売場面積約9,438m2[3]
    店舗跡は1985年(昭和60年)11月23日に商業ビル新潟ウィズが開業[4]しファッションや飲食関連のテナントを集めて人気を博し、2008年(平成20年)秋まではテナントが多数入っていたが閉店が相次いで所有者のかに道楽以外のテナントが紳士服店1店のみとなったため、2010年(平成22年)9月30日に閉店し、建物も取り壊され駐車場となった[12]

主な関連会社[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 長岡市政100年のあゆみ編集委員会編『長岡市政100年のあゆみ』長岡市、2006年3月。
  2. ^ 『新潟県史別編1』新潟県、1989年。
  3. ^ a b c d e f g h 『新潟市史 通史編 5 現代』 新潟市、1997年。
  4. ^ a b c d e f 新潟県内 大規模小売店舗(店舗面積1000m2超)一覧 平成16年 (Report). 新潟県. (2004). 
  5. ^ “「新潟ウィズ」取り壊しへ”. 新潟日報 (新潟日報社). (2010年6月22日) 
  6. ^ a b c d ダックビブレ 第24期有価証券報告書 (Report). ダックビブレ. (2002). 
  7. ^ 新潟中央銀行50年史編纂委員会 『新潟中央銀行50年史』 新潟中央銀行、1995年。
  8. ^ 『川崎市史 通史編 4 下 現代 産業.経済』 川崎市、1997年。
  9. ^ “妻有リポート「賑わい創出、だが疲弊進む商業界」、十日町市本町通り  4月21日号”. 妻有新聞 (妻有新聞社). (2018年4月21日) 
  10. ^ a b c d e f 長岡市中心市街地活性化基本計画 平成24年3月29日 変更認定版 (Report). 長岡市. (2012-03-29). 
  11. ^ “長岡のイチムラ跡に再開発ビル完成”. 新潟日報 (新潟日報社). (2011年7月7日) 
  12. ^ “新潟ウィズが26年の歴史に幕”. 新潟日報 (新潟日報社). (2010年10月1日) 
  13. ^ a b 流通会社年鑑 1990年版, 日本経済新聞社, (1990-11-24), pp. 46-47 
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関連項目[編集]