アームストロング・ホイットワース AW.52

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アームストロング・ホイットワース
AW. 52

Armstrong Whitworth AW 52 in 1946.jpg

  • 用途:実験機
  • 設計者:ジョン・ロイド(John Lloyd)
  • 製造者:アームストロング・ホイットワース(Armstrong Whitworth Aircraft
  • 初飛行1947年12月13日
  • 生産数:2機
  • 運用状況:試作のみ

アームストロング・ホイットワース AW. 52は、1940年代末のイギリス全翼機である。

歴史[編集]

アームストロング・ホイットワースArmstrong Whitworth Aircraft)社は第二次世界大戦中に層流翼を利用した4発ターボジェットエンジン推進の全翼爆撃機を提案した。この機の設計はAW.52Gとして知られる3分の1スケールのグライダーで検証されたが、戦争が終わり開発プロジェクトは中止された。

しかし、その後アームストロング・ホイットワース社は郵便機という名目で評価用の2機を製造する契約をとりつけた。最初の試作機はロールス・ロイス ニーン ターボジェット エンジンを装備し1947年12月13日に初飛行を行った。これに続きロールス・ロイス ダーウェント ターボジェット エンジンを装備した試作2号機が1948年9月1日に飛行した。試作1号機は1949年5月に墜落したが射出座席による緊急脱出により搭乗員の命は救われた。これは英国人パイロットが初めて射出座席を使用した事例であった。試作2号機は1954年までロイヤル・エアクラフト・エスタブリッシュメント で飛行し続けた。

事故[編集]

1949年5月30日テストパイロットのジョー・ランカスター(Jo Lancaster)が320 mphで降下中にエレボンフラッター現象に起因すると思われる縦振動に遭遇した。その振動は最初は毎秒2回であったが急激に操縦不能になる程に振動数が増加し、見たところ今しも構造破壊を引き起こしそうであったためにランカスターはマーチンベーカー Mk.1 射出座席で緊急脱出した。これが英国人パイロットによる射出座席を使用した最初の「本番」緊急脱出だった[1]

運用[編集]

イギリスの旗 イギリス

要目[編集]

(AW.52 試作機)

  • 乗員:1名
  • 全長:11.40 m (37 ft 4 in)
  • 全幅:27.40 m (90 ft)
  • 全高:4.40 m (14 ft 4 in)
  • 翼型: 付け根がNPL.655-3-218、翼中央部先端でNPL.655-3-118 に漸減し翼端で NPL.654-3-015。
  • 空虚重量:8,919 kg (19,662 lb)
  • 全備重量:15,492 kg (34,154 lb)
  • エンジン:2 * ロールス・ロイス ニーン ターボジェット エンジン  5,000 lbf (22.20 kN)
  • 最大速度:804.7 km/h (500 mph)
  • 巡航高度:10,972 m (36,000 ft)
  • 航続距離:1,577 km (980 miles)

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ Lancaster, Jo (October 2006). “Setting the Record Straight”. Aeroplane 34 (10): pp. 42–46. 

外部リンク[編集]