アルパインスタイル

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アルパインスタイル英語: Alpine style、アルプス風登山)とはヒマラヤのような超高所や大岩壁をヨーロッパ・アルプスと同じような扱いで登ることを指す登山スタイル・用語。大規模で組織立ったチームを編成して行う極地法とは異なり、ベースキャンプを出たあとは一気に登り、下界との接触は避ける。また、サポートチームから支援を受ける事もないし、あらかじめ設営されたキャンプ、固定ロープ酸素ボンベ等も使わない、登る人の力にのみ頼ることを最重要視して行う登山スタイルである。

概要[編集]

利点は登山期間を短縮できることで、それにより天候の悪化や雪崩に巻き込まれるリスクを低減できる。また、遠征にかかる費用を低く抑えることができる。一方、欠点としては登攀時に所持する食料や燃料を必要最小限に切り詰めるため長期間の停滞には不向きであり、想定外の悪天候などにより停滞を余儀なくされた場合に脱水状態や飢餓のリスクが増大することである。

ヒマラヤの高峰は当初、少人数で登られており、中にはアルパインスタイルで登る登山家もいた。トム・ロングスタッフ、カルビル・ブラトキ、ブロシュレル兄弟は、1907年にアルパインスタイルでトリスル英語版(7120m)に初登頂した[1]。しかし少人数の遠征では8000メートル峰を落とすことは難しく、その後、巨峰を攻略するために極地法が主流となった。ただ、中には少人数での登山を試みる隊もおり、1957年に4人だけの隊を組んだオーストリア隊は、ポーターなしで8047mのブロード・ピークに初登頂し、その直後に2人がアルパインスタイルでスキルブルム英語版(7360m)の初登頂に成功している。1975年にラインホルト・メスナーペーター・ハーベラーガッシャーブルムI峰で世界で初めて8000メートル峰にアルパインスタイルで登頂したことで、この手法は有名になり脚光を浴びた。近年ヒマラヤの高峰においても、8000メートル峰を初めとする登山家に人気のある山では、登山シーズンにはノーマルルートに複数の登山隊が集まり登頂を容易にするルート工作が行われているため、純粋なアルパインスタイルでの登山を行うことが困難になっている。そのような山でアルパインスタイルによる登山を行う場合、登山者のいない時季やルートを選んで登ることが求められる。

詳細な定義[編集]

国際山岳連盟(UIAA)はアルパインスタイルに対して以下の定義を提唱している[2]

  • クライマーは6人以内。
  • 酸素ボンベは持たない。
  • 固定ロープを使用しない。
  • 高所ポーターやシェルパの支援を受けない。

脚注[編集]

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  1. ^ フィリップ・パーカー編『ヒマラヤ探検史』(東洋書林,2015年)ISBN 4887218206
  2. ^ 山と渓谷」 2012年3月号99ページ

関連項目[編集]