アナ・ウィンター
Anna Wintour アナ・ウィンター | |
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2026年 | |
| 生誕 |
1949年11月3日(76歳) |
| 職業 | ファッション雑誌編集者 |
| 子供 | ビー・シャファー |
| 家族 | メリル・ストリープ(又従姉) |
デイム・アナ・ウィンター DBE(Dame Anna Wintour DBE、1949年11月3日– )は、イギリス出身のファッション雑誌編集者。1988年から2025年まで、アメリカ版『ヴォーグ』の編集長を務めていた。2008年、長年のファッション界への貢献が評価され、大英帝国勲章(DBE)が、2025年には大統領自由勲章が授与されている。
後述するように映画化された小説『プラダを着た悪魔』に登場する鬼編集長のモデルとなった人物といわれる[1]。 ドラマ『アグリー・ベティ』に登場するMODE編集長フェイ・サマーズの容姿のモデルだとも言われている。
経歴
[編集]生い立ち
[編集]1949年、雑誌『イヴニング・スタンダード』編集者の父チャールズとハーバード大学教授の娘である母との間に、ロンドンで生まれた。彼女は10代のときにファッションに興味を持つようになった。15歳の頃、父の紹介で当時最先端のファッション発信地となっていたBibaで働き始め、翌年、高校を中退、大学へは進まず、ハロッズのトレーニング・プログラムに入学した。
ファッション業界へ
[編集]1970年、『Harper's & Queen』の編集アシスタントとしてファッション業界に入る。1975年、ニューヨークに渡り、姉妹誌『ハーパース・バザー』のファッション・エディターに昇格するが[2]、上司と衝突を繰り返し、9ヶ月で解雇。その後、雑誌『ニューヨーク・マガジン』で辣腕をふるい『Viva』や『Savvy』の編集を手がけた後、1983年、アメリカ版『ヴォーグ』のクリエイティブ・ディレクターに抜擢。1986年には、イギリス版『ヴォーグ』の編集長に就任。人事や紙面作りに改革を起こし、それまで保守的だったイギリス版『ヴォーグ』を最先端のトレンド誌に変身させた。
ヴォーグ編集長
[編集]1988年には、ニューヨークへ戻り、17年にわたり編集長を務めてきたグレース・ミラベラのあとを継いで、38歳でアメリカ版『ヴォーグ』の編集長となった。1990年からは、ニューヨーク・コレクションの企画にも参加、エイズ患者、感染者支援のチャリティを積極的に推進している[2]。
2025年6月、約37年間勤めたアメリカ版ヴォーグの編集長を退任[3]。
人物
[編集]ファッション・トレンドに対する鋭い視点や若いデザイナーの発掘という先見性について世界中から賞賛を得ている一方、性格はよそよそしく冷酷と評され、Nuclear Winter=核の冬の意地の悪い洒落で「Nuclear Wintour」とあだ名される[2]。ファッションショーには最先端のブランドを身にまとって登場し、トレードマークであるボブカットとサングラスで最前列に位置取り、常に注目を浴びる存在である。やはり『ヴォーグ』で編集長を務めたダイアナ・ヴリーランドと同様、ファッション・アイコンとなっている。
誌面に毛皮製品を登場させたり、自身もプライベートで毛皮を多く愛用するため、動物愛護団体から非難されている。再三の注意や非難を受けながらも使い続けるため、活動家から身体的な攻撃を受けたこともある。業界を形成するために雑誌とその地位を活用したいという彼女の意欲に対する称賛と批評を招きもした。
私生活では、1984年に13歳年上の精神科医デビッド・シャファーと結婚、1999年に離婚。デビッドとの間にチャールズ、キャサリンの2子がいる。キャサリンはビー・シャファーという名前で知られ、ファッションショーに同席することも多い[2]。6時前に起床、テニスをした後、メイクとヘアセットをして8時に出社するのが日課である。パーティにおいても長時間滞在することはほとんどなく、22時過ぎには就寝する[2]。
2006年公開の映画『プラダを着た悪魔』でメリル・ストリープが演じたファッション誌『ランウェイ』編集長ミランダ・プリーストリーのモデルとも言われている。原作者であるローレン・ワイズバーガーは、原作同様アナのもとで1年間(1999年 - 2000年)アシスタントを務めており、この実体験をもとに作品を執筆したとされるが、ワイズバーガーは否定している。アナとメリルは奇しくも同学年であり、2019年に『ヴォーグ』の公式YouTubeチャンネルで対談[4]。同作の続編『プラダを着た悪魔2』の公開を控えた2026年4月には、アナがメリル扮するミランダとエレベーターで遭遇するというショートムービーが公開され、現実と架空の世界の垣根を越えた「編集長競演」が実現した[5]。さらに続編の公開にあたり、アメリカのテレビ番組『トゥデイ』が行った家系調査によってアナとメリルの5代前の祖父母が同じ人物だと判明し、公表された[6]。
2009年、ドキュメンタリー映画『ファッションが教えてくれること』が公開[1]。
脚注
[編集]- 1 2 2006年12月号『日経エンタテインメント!』内、「ノブ山田のファッション観察記 Vol.67 “プラダを着た悪魔第2の主役は衣装担当のパトリシア『セックス〜』の敏腕スタイリスト”」より
- 1 2 3 4 5 “セレブ事典 アナ・ウィンター”. OK!JAPAN.
- ↑ Gasthalter, Cydney (2025年6月27日). “アナ・ウィンターがUS版『VOGUE』編集長を退任。新たなヘッド・オブ・エディトリアル・コンテント募集へ”. Vogue Japan. 2025年9月10日閲覧。
- ↑ メリル・ストリープ&VOGUE編集長対談「男女平等、女性の社会進出について」。 - YouTube
- ↑ 『プラダを着た悪魔』の編集長ミランダと、VOGUE編集長アナ・ウィンターが出会ったら? - YouTube
- ↑ “『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープ、アナ・ウィンターと親戚だった 本人も最近まで知らず”. ELLE (2026年5月1日). 2026年5月2日閲覧。