若宮八幡古墳 (東松山市)

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若宮八幡古墳
若宮八幡古墳(2013年9月)
所属 下唐子古墳群
所在地 埼玉県東松山市石橋字塚原2440-1
位置 北緯36度01分35.25秒 東経139度22分09.09秒 / 北緯36.0264583度 東経139.3691917度 / 36.0264583; 139.3691917座標: 北緯36度01分35.25秒 東経139度22分09.09秒 / 北緯36.0264583度 東経139.3691917度 / 36.0264583; 139.3691917
形状 円墳
規模 墳径34m、墳高4.5m[1]
埋葬施設 横穴式石室
出土品 円筒埴輪
築造時期 6世紀末
史跡 1964年3月27日県指定
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若宮八幡古墳(わかみやはちまんこふん)は、埼玉県東松山市に存在する古墳下唐子古墳群に属しており、下唐子3号墳とも呼ばれる。

概要

若宮八幡神社の境内にあって円墳上に社殿が築かれている。墳丘南側には横穴式石室が開口しているが、江戸時代中期の明和年間(1764年 - 1771年)には現在の状態になっていたとされる。1964年昭和39年)3月27日、埼玉県の史跡に指定された[2]2010年平成22年)と2011年に石室の修復整備に伴う調査が行なわれ[3] [4]、現在では入り口に格子戸が設置されて石室への立ち入りは制限されている。なお、神社は慶長元年(1596年)に鶴岡八幡宮から分祀されたと伝わっている[5]

規模と構造

古墳は東松山台地の西側の縁辺に位置しており、墳径約34メートル、高さ4.5メートルの円墳。石室は砂質凝灰岩によって築造されており、両袖式複室構造で全長8.8メートル、玄室長4.28メートル、前室長2.55メートル、羨道長1.97メートル[6]。天井石からの重量を軽減させるべく両側の側壁が弧を描きながら脹らむ胴張型の構造となっている[1]。出土品(後述)などから、6世紀末~7世紀初頭の築造と考えられている。

出土品

かつて石棺があったとされるが現存せず、石室からの出土品は無い。墳丘周辺の溝から埴輪(人物埴輪・円筒埴輪)の破片が出土したと伝わっているが詳細不明[7]。なお、1988年(昭和63年)の所在確認調査時に墳丘西側から円筒埴輪片が検出されている。

交通アクセス

脚注

  1. ^ a b 現地案内板(2012年3月 東松山市教育委員会)より。(2013年9月9日確認)
  2. ^ 文化財一覧”. 東松山市. 2013年9月3日閲覧。
  3. ^ 東松山市文化財保護委員会議次第” (PDF). 東松山市 (2012年10月31日). 2013年9月3日閲覧。
  4. ^ 若宮八幡古墳の発掘調査”. 東松山ケーブルテレビ (2010年12月23日). 2013年9月3日閲覧。
  5. ^ 東松山ふるさと自然のみち” (PDF). 東松山市 (2012年12月3日). 2013年9月3日閲覧。
  6. ^ 県指定 史跡” (PDF). 埼玉県生涯学習文化財課 (2013年4月17日). 2013年9月3日閲覧。
  7. ^ 東松山都市計画事業(仮称)葛袋土地区画整理事業 環境影響評価準備書 概要版” (PDF). 埼玉県環境部環境政策課 (2012年7月3日). 2013年9月3日閲覧。

関連項目

外部リンク