等確率の原理

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平衡系統計力学において、等確率の原理(とうかくりつのげんり、: principle of equal a priori probabilities[1])あるいは等重率の原理(とうじゅうりつのげんり、: principle of equal a priori weights[1])は、ミクロカノニカル分布では、許される系の量子状態はどれも等しい確率で現れるという定義[2]または原理[3]または作業仮説

平衡熱力学との関係

平衡熱力学からのアプローチ

平衡熱力学はそれ自体で閉じた体系であり、現代的には平衡熱力学の関係式を認め、それらから平衡統計力学の関係式を導くのが主流である。[4] したがって、以下ではそのように考察する。

定義および定理

ある孤立系について、の量子状態の総数を固定する。まず、ミクロカノニカル分布は以下のように定義される。

ミクロカノニカル分布に従う は等確率の原理を満たす[5]

(定義1)

次の定理が証明される。(#等確率の原理とギブスエントロピー最大の同値性)

は等確率の原理を満たす ギブスエントロピー英語: Entropy_(statistical_thermodynamics)#Gibbs_entropy_formulaを最大化する[6]

(1)

したがって、定義1を以下のように変更することもできる。

ミクロカノニカル分布に従う はギブスエントロピーを最大化する

(定義1')

平衡熱力学と平衡統計力学を接続するために、ミクロカノニカル分布が熱平衡状態であることが要請される。

がミクロカノニカル分布に従う は熱平衡状態にある[2](のミクロ状態はほとんど確実に熱平衡状態にある[5])

(公理I')

ここで、この逆は成立しないことに注意せよ。[注 1]

また、平衡熱力学と平衡統計力学を接続するために、熱力学的エントロピーとギブスエントロピーの一致が要請される。

がミクロカノニカル分布に従う において熱力学的エントロピーとギブスエントロピーは一致する[8]

(公理II)

公理IIに代わり、より強い公理II'を採用することも可能である。

任意の孤立系において局所平衡エントロピーとギブスエントロピーは一致する[9]

(公理II')

その際には次の定理が重要である。(#局所平衡エントロピーに関する仮定によるギブスエントロピー最大の導出)

はギブスエントロピーを最大化する 任意の孤立系において局所平衡エントロピーとギブスエントロピーは一致する[9]

(2)

等確率の原理とギブスエントロピー最大の同値性

ギブスエントロピー英語: Entropy_(statistical_thermodynamics)#Gibbs_entropy_formulaは以下のように表される。

ここで、離散確率変数であり、規格化条件 を満たす。 ギブスエントロピーが極値をとるとき、ラグランジュの未定乗数法より、あるがあって、

に対し、 が成立する。計算して、

を微小変化させるとは減少するため、このときは最大値である。したがって、ギブスエントロピーが最大値をとるならば、すべての量子状態は等確率で現れることが示された。[6]この逆が成り立つことは明らかである。

局所平衡エントロピーに関する仮定によるギブスエントロピー最大の導出

熱平衡状態にある熱系の合成系が孤立系であるとする。は初め局所平衡状態であるが、断熱状態遷移が実現され(でもよい)、は平衡状態になったとする。すると、は任意の(準静的とは限らない)断熱変化に対して安定点をとる。したがって、Mの局所平衡エントロピーをとすれば、[10]よりとなる。ここで、がミクロカノニカル分布に従うならば、局所平衡エントロピーとギブスエントロピーが一致すると仮定する。[9]すると、が平衡状態にあるとき、ギブスエントロピーは可能な最大値を取る。さらに、をその合成系がとなるように任意に取ってもこれは成立するため、ギブスエントロピーは最大値を取る。

平衡統計力学からのアプローチ

平衡統計力学から平衡熱力学の関係式を導く流儀では、等確率の原理を公理として認めることで、熱力学的関係式を導くことができる。しかし、平衡統計力学では準静的過程を扱えないため、この原理のみから出発して平衡統計力学により平衡熱力学を構成することはできない。[11]

微視的状態数

一様分布であるから、量子状態の数

を満たす。このとき量子状態の数は特に微視的状態数と呼ばれる。微視的状態数を用いて、ミクロカノニカル分布におけるギブスエントロピー及び熱力学的エントロピーは以下のように表せる。[12]これをボルツマンの関係式またはボルツマンの原理という。[12]

他の統計集団における注意点

等確率の原理は一般には成立せず、他の統計集団カノニカル分布, グランドカノニカル分布, T-pカノニカル分布)においては成立しない。

等確率の原理の基礎づけ

伝統的には等確率の原理を力学によって基礎づけるために、エルゴード理論が採用されるが、清水のように平衡統計力学を構成するにあたってはエルゴード理論がなくとも十分であるという主張する者もいる。[13]

脚注

注釈

  1. ^ 多体系では、ハミルトン系のように散逸のない孤立系においても、ダイナミクスがカオス的ならば熱平衡化が起こるが、このとき熱力学的エントロピーが0でなくても、ギブスエントロピーは0になってしまう。[7]

出典

  1. ^ a b 田崎 & 2008 (I), p. 89, 4-1 平衡状態の本質.
  2. ^ a b 清水 (2015), p. 23.
  3. ^ 宮下 (2020), p. 3.
  4. ^ 宮下 (2020), p. v.
  5. ^ a b 清水 (2015), p. 22.
  6. ^ a b 北 (2013), p. 3.
  7. ^ 沙川 (2022), p. 19.
  8. ^ 清水 (2015), p. 30.
  9. ^ a b c 清水 (2015), p. 100.
  10. ^ 新井 (2020), p. 167.
  11. ^ 沙川 (2022), p. 35.
  12. ^ a b 清水 (2015), p. 29.
  13. ^ 清水 (2015), p. 33.

参考文献

  • 田崎晴明『統計力学 I』培風館、2008年12月5日。ISBN 978-4-563-02437-6 
  • 2015-06-12 (2015年6月12日). “統計力学の基礎1 (執筆中断中の易しいバージョン)”. Shimizu lab.. 清水明. 2022年7月27日閲覧。
  • 2015-06-12 (2013年10月14日). “統計力学の基礎”. 北 孝文. 北孝文. 2022年7月27日閲覧。
  • 沙川貴大『非平衡統計力学―ゆらぎの熱力学から情報熱力学まで―』共立出版〈基本法則から読み解く物理学最前線 28〉、2022年。ISBN 978-4-320-03548-5 
  • 宮下精二『基幹講座物理学 統計力学』東京図書〈基幹講座物理学〉、2020年。ISBN 978-4489023446 
  • 新井朝雄『熱力学の数理』日本評論社、2020年。ISBN 978-4535789180 

関連項目