熱力学的平衡

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熱力学的平衡(ねつりきがくてきへいこう、英語: thermodynamic equilibrium)は、熱力学系が熱的、化学的、力学的に平衡であることをいう。つまり、物質やエネルギー)の正味の流れがなく、相転移(氷から水への変化など)も起こっていない状態のことである。が熱力学的平衡状態にある場合、系を外界から孤立させても変化は生じない。また、系が熱力学的平衡であるとき、あるいは局所的に平衡とみなせる部分について、系の温度圧力を定義することができる。

非平衡 (non-equilibrium) であるとは、系に物質またはエネルギーの正味の流れがあり、あるいは相転移が起こっている状態を指す。またこのような非平衡状態として安定していることを準安定状態という(水の過冷却状態が馴染み深い)。

概要[編集]

古典的な平衡熱力学は、動的平衡な、つまり巨視的な意味で平衡な状態について扱う理論である。熱力学的平衡状態であることとは、ある特別な条件のもとで、熱力学ポテンシャルが最小化されているか、あるいはエントロピー S が最大化されていることを意味する。そのような熱力学ポテンシャルの一つとして、系 (とその環境) の熱力学温度 (以下、単に "温度" と書く) T体積 V を一定に保って熱力学的平衡に至った場合に最小化される、ヘルムホルツの自由エネルギー F (しばしば A とも表される) がある。

F = U - TS (U は系の内部エネルギー。しばしば E とも表わされる).

他のポテンシャルとして、ギブズの自由エネルギー G は、系 (とその環境) の温度 T圧力 P を一定に保って熱力学的平衡に至った場合に最小化される。

G = F + PV = U – TS + PV.

これらの熱力学ポテンシャルは、特別な環境において、特定の条件の下で最小化されるように、数学的に構成された状態量である。

熱力学的平衡状態は、系がその環境に充分長い時間さらされ相互作用した際に、最終的に到達するかあるいは漸近していく、一意に決まる安定な定常状態である (準安定状態は、充分長い時間が経つと、熱ゆらぎによって壊れてしまうため、区別される)。

熱力学的平衡となる条件[編集]

  • 外界との相互作用のない孤立した系について、系が熱力学的平衡に達したとき、系のエントロピー S は最大となる。
  • 温度と体積が一定に保たれた系について、系が熱力学的平衡に達したとき、ヘルムホルツの自由エネルギー F は最小となる。
  • 温度と圧力が一定に保たれた系について、系が熱力学的平衡に達したとき、ギブズの自由エネルギー G は最小となる。

熱力学的平衡以外の、その他の平衡状態が成立する条件については以下のように言える。

  • 二つの系が 熱平衡 (温度平衡) にあるとは、二つの系の温度が互いに等しいことをいう。
  • 二つの系が 力学的平衡 にあるとは、二つの系の圧力が互いに等しいことをいう。
  • 二つの系が 化学平衡 (拡散平衡) にあるとは、二つの系の化学ポテンシャルが互いに等しいことをいう。
  • すべての力が釣り合っている (微視的平衡)。

局所熱力学平衡と大域的熱力学平衡[編集]

局所的な熱力学平衡と大域的な熱力学平衡とを区別することは重要である。熱力学において、一つの系の内部で、あるいは系と系との間、あるいは外界との何らかのやりとりは示強性の変数によって制御される。例えば、温度のやりとりを制御する物理量である。

大域的熱力学平衡 (Global thermodynamic equilibrium, GTE) とは、あらゆる示強性変数が系全体で一様になっていることで、局所熱力学平衡 (Local thermodynamic equilibrium, LTE) とは、示強性変数は時間的にも空間的にも変化するが、その変化が非常に緩やかで、 あらゆる場所がその周囲と熱力学的平衡状態になっていると見なせることを意味する。

もし、系を記述する示強性変数が極端な変化を要請されたなら、それらの示強性変数はそもそも定義できなくなってしまい、系の状態は大域的平衡でも局所平衡でもなくなる。


局所熱力学平衡は充分多数の粒子集団に対してのみ適用できる、ということに注意すべきである。例として、局所熱力学平衡は通常、質量を持つ粒子についてのみ適用される。放射気体中で、光子の放出と吸収は熱力学的平衡にある必要はなく、気体を構成する粒子たちが局所平衡にあるために必要となることもない。あるいは、自由電子が平衡状態になることすらも、より大きな質量を持つ原子や分子たちが局所平衡を実現するために必要でないと考えられる場合もある。

一つの例として、氷を一つ、水に浮かべたグラスの中においても局所平衡は成り立つ。グラスの中の温度は、局所平衡であるため、各点でそれぞれ温度が定義でき、また、氷に近いところほどより温度が低い。ある与えられた点で近傍の水分子のエネルギーを測定できたとすると、分子のエネルギー分布はある温度に対するマクスウェル・ボルツマン分布になるだろう。また別の点の近傍での水分子のエネルギーを測定すると、今度はまた別の温度に対応するマクスウェル・ボルツマン分布が見られるだろう。

氷水の例から分かる通り、局所熱力学平衡は、局所的にも大域的にも、定常的であることを要求しない。言い換えると、いずれの場所でも温度が一定である必要はない。しかし、どの点においてもその変化は充分に遅く、そこに含まれる分子集団の速度分布は、ほとんどマクスウェル・ボルツマン分布と見なせるものでなければならない。大域的非平衡状態は、外界と系との間でやりとりをし続ければ、安定に保つことができる。

大域的に安定な定常状態は、例えば、水の入ったグラスに細かく摩り下ろした氷を水で解ける分を補うように加え、また解けた水を流し続けることによっても実現できる。輸送現象とは、系を局所平衡から大域的平衡へ促す過程のことである。またグラスの水を例にとれば、拡散はグラスの中の水を大域的熱力学平衡へ導くものであり、大域的に平衡となれば、グラスの中の温度は完全に一様になる。

統計力学[編集]

統計力学での定義は、熱力学系の構成粒子のエネルギー分布マクスウェル=ボルツマン分布に従う場合、熱力学的平衡にあるとされる。この定義を使用すると、系の温度を一意的に決定することができる。系が熱力学的平衡へと至るプロセスを熱化英語版と呼ぶ。熱平衡化が見られる例としては、マックスウェル=ボルツマン分布に従わない粒子の系が相互作用により平衡へと至る場合に見られる。

脚注[編集]

関連項目[編集]