病気腎移植

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病気腎移植(びょうきじんいしょく)とは、通常の腎移植とは異なり、健康ではない疾患を持つ「提供者(ドナー、donor)」の腎臓を「受給者(レシピエント、recipient)」へ移植するものである。

日本においては後述の医師万波誠が中心となって行った病気腎移植手術をめぐる問題で一般に知られるようになった。

日本における現状

いわゆる病気腎移植問題以前より日本においても、一部の病気腎移植は行われていた。現在でも例えば献腎や脳死移植において原発性の脳腫瘍の患者は日本臓器移植ネットワークの規定においても臓器提供者となることができる。またドナー側にC型肝炎が認められる場合、レシピエント側にもC型肝炎がある場合にのみ、移植が可能とされている[1]。その他の感染症については患者の状態次第ではあるが、免疫抑制剤を使用するという移植に固有の理由により、感染症の治療を終えてから行うのが基本となっている。

しかし一般的には腎臓含め、それ以外のなんらかの疾患がある場合、患者の腎臓を治療以外の目的で摘出することはドナーの腎機能及びQOLを低下させるとの理由により基本的に禁忌とされてきた。これは血縁者間の生体腎移植が多く、術後のドナーの生活を重視するという日本ならではの背景にも大きく影響されている。

日本国外における現状

近年、日本国外においても病気腎移植の報告はある。

オーストラリアでは60歳以上もしくは重篤な合併症を持つレシピエント限定ではあるが、死体ドナーからの移植3例を含む小径腎腫瘍患者をドナーとした43例の報告がある。ただし、万波移植と違って、病腎摘出とレシピエントの手術は異なる医師によって行われた[2]

またアメリカ合衆国でも、今まで使われていなかった機能の落ちた腎臓を使用する取り組みが行われている、ただしこれは病気腎ではなく、Expanded-Criteria Donor (ECD)、機能低下腎と呼ばれており、アメリカにおいても悪性腫瘍の臓器をもちいた移植は論文報告での実験レベルである。

病気腎移植問題

2006年、宇和島徳洲会病院において臓器売買事件(宇和島臓器売買事件)が発覚した。その調査の過程で臓器売買事件の手術の執刀を行っていた徳州会病院泌尿器科部長である医師万波誠が病気腎移植を行っていたことを明らかにした。この病気腎移植については、当初摘出の必要のなかった患者の腎臓を摘出した、万波が独断で実験的な医療を行い患者を危険にさらしたなど強い批判が起きたが、一方で病気腎移植が臓器不足の現状を変える可能性を持つなどといった擁護論もあった。

賛否両論

万波の行った病気腎移植については賛否両論がある。擁護する側は主にレシピエント側から、否定的な立場はドナー及び倫理的な問題を主張している。また否定的な意見には、病気腎移植そのものを臨床研究の蓄積のない現時点では例外を除き禁止するものと、病気腎移植そのものの可能性については認めつつも、万波の行った病気腎移植については否定的なもののほぼ2通りに分かれる。ここでは両論併記の形をとる(上段が擁護する立場から下段が反対の立場からの主張である)。


将来的な原疾患再発のリスクについて
  • ガンについては現時点で明らかな転移は見られず、仮に原疾患が再発がするとしても患者がそのリスクを理解し納得していれば問題はない。[要出典]
  • 尿管ガンのドナーから移植を受けたレシピエントが後に肺ガンで死亡しており、因果関係が疑われる。また移植の際に使用される免疫抑制剤は副作用として、通常の数倍から数十倍の発ガン性があることが知られている、ドナーから提供された臓器のガン細胞が完全に除去されると断言できないため、薬剤との相互作用により将来的な発ガンリスクが不安視される。その他の疾患についても、そもそもが摘出適応なのだから、原疾患再発時には大変危険であり、危険性がわかっているものを安易に移植することはできない。また薬害肝炎問題などでも明らかなように、現時点でよいと認められ患者が納得したとしても将来的にそれが保証されるわけではなく、まずは臨床研究からはじめ安全性を確保することが必要である。[要出典]


インフォームドコンセントについて
  • 医師と患者には信頼関係が成り立っているため詳しい説明がなくともインフォームドコンセントはそれで充分であり、また必ずしも書面同意は必要ではない。
  • そもそもインフォームドコンセントが充分にあったことが書面で残されていれば、この問題がここまで大きくならなかったことが予測されるように、インフォームドコンセント及び書面同意は不可欠である。


ドナーの保護や任意性について
  • 悪性腫瘍等、摘出するのがわかっている腎臓であり、腎不全患者への提供についても同意を得ている。
  • 強制による臓器提供などがないようにドナーの任意性を保つために、移植医はドナーに直接関わってはならないのが国際的な方向性である。実際にオーストラリアで行われた病気腎移植ではドナーとレシピエントの執刀医は区別されている[3]。移植医は移植を受けるレシピエント側に意識が傾きがちであるため、万波がドナーに関わったこと自体が客観性を欠いている。主治医である万波から頼まれれば患者は断りにくくなる可能性がある。そもそも病気腎移植は透析患者が非常に苦しい生活を強いられるため、機能の落ちた腎臓でももらいたいというのが動機であったはずであるが、そのような苦しい透析生活にドナーが陥る可能性がある腎臓摘出をしても良いのか?少なくとも移植腎としてつかえる程度に腎機能が保たれた腎臓であるならばできるかぎり透析にならないよう摘出しない方向で治療すべきではなかったか?といった疑問が残る。[要出典]また一部のドナーからは事前に臓器提供についての説明はなかった、きちんと検査し、できることなら(腎臓を)返して欲しかったとの証言もあり、万波らの説明と矛盾している。[4]


レシピエントがB型肝炎ウィルスに感染しその後膵炎で死亡したことについて
  • ドナーがB型肝炎ウィルスを保持していたのは事実であるが、肝臓の専門医に相談して感染リスクはないと判断した。またレシピエント2人のうち1人しか感染していないことから考えても、移植は感染原因ではない。[要出典]
  • 移植当時、ドナーのB型肝炎ウイルスに感染力があることは既知であった[5]。レシピエントに「感染性の危険はほぼない」と説明した上での移植であれば、仮に患者本人が納得していても、虚偽の情報提供による同意となり、十分なインフォームドコンセントをとったことにはならない(こういうことがあるから、きちんと文書で記録を残すべきなのだ)。実際に移植を受けた2人のレシピエントのうちの1人が術後にHBs抗原が陽性化し、その患者は肝障害および膵炎を起こして死亡している。B型肝炎ウイルスは重篤な膵炎を引き起こしうることが知られており[6]、死亡との因果関係は否定できない。1人しか感染していないことについても、感染力自体は強くはないため(ないわけではない)、そういった状況は充分にありうる。[7]また薬害肝炎などに前例があるように直接的な証明はできなくとも医学的に可能性が高いといった状況証拠は移植が感染原因とする間接的な証明となりうる。[要出典]


ネフローゼ症候群での腎臓摘出について
  • 患者は強い浮腫をともなっており症状の管理が難しかったことから、後の腎臓移植を前提として腎臓を摘出した。宇和島が通院しにくい地方都市であることなどの背景を考慮するべきである。[要出典]
  • 腎臓内科医へのコンサルトがなされておらず、十分な内科的加療を受けていたという確証が得られない。[8]ネフローゼ症候群での腎臓摘出は内科的治療の発達した現在ではほぼ行われておらず、両腎摘出は医学的に妥当とは判断できない[9]5年で4例という摘出数は万波1人で行った数としては多すぎる。また宇和島が地方都市であるといっても、難治性ネフローゼ症候群の患者は全国におり、他の地方都市で腎臓摘出が数多く行われているという事実もないことから臓器提供前提での腎臓摘出ではないか?との疑いが残る。移植を前提としての腎臓摘出であるという主張も、臓器移植は拒絶反応等の理由により必ずしも上手くいくとは限らず(実際、1人の患者は親族からの移植を受けたが40日後に腎機能廃絶、その後病気腎で再移植を受けている)またネフローゼ症候群及び慢性腎炎はしばしば移植後再発が起こることが移植医療の現場ではよく知られており[10]。、長期的な予後は楽観できないことから、安易に腎臓を取り替えただけであり、内科的治療を優先すべきであった。摘出する際の根拠とするべき腎生検を行っておらず組織学的検討がなされていないのも問題である。[要出典]


動脈瘤での腎臓摘出について
  • 動脈瘤は部分切除を行っても、再発の危険性があるため全摘出が妥当であると判断した。
  • 全摘出が妥当だと判断したわりには、その動脈瘤を治療せず腎臓を移植に使っており、判断根拠が矛盾している。また立ち会った外科医からも摘出は必要なかったという証言が出ている。[11]


レシピエントの選定について
  • 患者個々の事情を考慮し万波が決めた。
  • レシピエント選択に一定の基準がなく、公平・公正が考慮されていない。[12]レシピエントを移植医である万波が独断で決めることは、移植の機会平等の原則に反し不公平である。また不透明なレシピエント選別は、万波と親密な患者が移植を優先的に受けられるのではないか?といった疑念を残す。[要出典]


臨床データやカルテの保存がほとんどされなかったことについて
  • 病院が建て替えであったため、その多くが失われた。
  • カルテについては法的に保存義務期間があり、病院の建て替えがあったからなどというのは理由にならない。また先進医療の場合は、それとは別に臨床データを残し、安全性や効果を客観的に検討することが必要であり、それをまったくしていないのは無責任であるとしかいいようがない。[要出典]


倫理委員会等、第三者の監視がなかった点について
  • 反対されるのが明らかなため第三者に相談しなかった。
  • 倫理委員会において検討・承認が多くの場合得られておらず、医療機関の管理者も病腎移植の医学的、倫理的意義を理解していない。[13]反対されるほどリスクがあることを認識していながら、独断で病気腎移植を行うなどあってはならない。このようなことを許せば「やったもの勝ち」となり医師の暴走を認めることになるため、病気腎移植だけの問題にとどまらず医療の安全性が保証できなくなる。[要出典]


病気腎移植の将来性について
  • 病気腎移植は捨てられる腎臓をリサイクルするのだから、臓器不足の現状を変える画期的な方法になりうる。
  • 万波の行った移植の多くに摘出する必要のなかった可能性の高い腎臓が使われており、それらについてまったく反省しておらず、そのようなドナーの安全性を軽視しているような状況で病気腎移植が安全かつ公平に行えるような体制にあるとは考えられない。また万波はこれまで病気腎移植普及の努力をまったくしておらず、世論からバッシングを受けた途端にそのようなことを言い出すのは、議論のすりかえであり、自己正当化のための言い逃れに過ぎない。仮に病気腎移植に将来的な可能性があるにしても、万波の行為によって生じた問題が容認されるものではない。[要出典]

その後の経過

調査結果により万波の行った病気腎移植は生着率、生存率が著しく低いとの報告があった。また調査委員会はドナーの腎臓摘出は多くの場合不適切だったとした。これを受けた厚生労働省は病気腎移植は現時点では医学的妥当性がないとして臨床研究以外の病気腎移植を原則禁止する方針を打ち出した。また日本移植学会含め関連学会は公式声明により批判を行った。ただ、これらについて病気腎移植そのものについては否定しないとしながらも病気腎移植普及への道筋を示していないこと、また調査委員会の報告書の中にドナーの外科的な治療について医療現場の実情と異なる記述も一部見られることなどから、当初から手続き論に終始しており建設的でなく、まず結論ありきで客観的な分析が出来ていないとする批判がある。一方で宇和島徳洲会病院が組織した調査委員会ではほぼ全例が妥当だったとする正反対の判断がなされた。しかしながらこの委員会のメンバーについてもほとんどすべてが万波の擁護者であったりといった偏った人選であったため客観性に欠けるとの批判があった。

問題発覚後、万波のグループへの批判は大きかったが、一方で病気腎移植を受けた患者の中には、万波を支持する声は根強く、「万波医師を支援する会」や「移植への理解を求める会」などの団体が署名活動や講演会を開催する等の活動をしている。しかしこのように公式に支持を表明した患者団体は少なく日本最大の移植患者団体である日本移植者協議会を中心とする臓器移植患者団体連絡会は病気腎移植そのものの将来的な実施については支持しながらも、万波の行った病気腎移植に関してはドナー側の治療が不十分だった疑いがある等の理由により否定する公式声明をだしている。

2008年、病気腎移植は通常の保険診療にあたらず診療報酬の不正請求にあたるとの見解が厚生労働省よりだされ、宇和島市立病院と宇和島徳洲会病院は保険診療の停止処分、また万波個人についても保険医資格取り消しの処分が検討されている。宇和島市立病院については地域医療の空白を回避するという事情も考慮され通常5年の処分期間を1ヶ月に短縮することで病院側も受け入れる見込みであるが、宇和島徳洲会病院側は処分を不服とし徹底抗戦の構えを見せている。2月、徳洲会病院の処分について聴聞会が開かれたが、この席に厚生労働省の職員が出席したことが行政手続法に違反しているとの徳洲会側からの批判があったことから聴聞会は開催されず延期された。
2月、病気腎移植問題を中立的に検証し評価することを目的として修復腎移植を考える超党派の会が発足。数度の会合を経て同年5月、会は万波の行為については疑問が残るとしながらも、過去にも複数例の病気腎移植が日本国内で行われており、厚生労働省の原則禁止という方針は実際的ではないとし、早期に関係学会とも協議の上、病気腎移植を行えるようにとの提言を行った。この提言に対し、日本移植学会は「提言自体はありがたい」としながらも、医療的な側面からかなりの誤解があるとし、病気腎移植に慎重な姿勢を崩さなかった。また、会見において、万波の論文について虚偽の記載がある(インフォームド・コンセントを充分に行っておらず書面も残していなかったが、行っていたとした等)と批判を行った。この批判について、万波は「自分の書いた部分ではないので」として、肯定も否定もしなかった。

12月、万波を支援する会の代表を中心とした患者数名が、病気腎移植の原則禁止によって、移植を受ける機会を奪われ生存権を侵害された、また精神的な苦痛を受けたとして、日本移植学会幹部を相手取り、保険医療による病気腎移植の解禁と、慰謝料として数百万から1000万、総額約6000万円の支払いを求めて、松山地裁に提訴した。また今後、厚生労働省に対しても同様の訴訟を起こすとしている。

2009年12月30日、宇和島徳洲会病院で、万波が中心となり、協力病院である広島県の呉共済病院とともに病気腎移植を国の指針に基づく臨床研究として再開した。術後の経過はドナー、レシピエントともに順調という。

2010年2月、がんと誤診され万波誠の弟である万波廉介の執刀で腎臓を摘出されて「病気腎移植」に使われ精神的苦痛を受けたとして、岡山県内の73歳の女性が、備前市の市立病院を運営する同市を相手に、約3700万円の損害賠償を求める訴訟を岡山地裁に起こした[14]

2014年10月28日、松山地裁は「(日本移植学会の主張は)医学的妥当性に関する意思表明であり、違法性は無い」として、患者側の訴えを退ける判決を言い渡した[15]

フィクション

この一件とその前の臓器売買事件を基にした極端に病気腎移植に好意的な作品として「禁断のスカルペル」が2015年現在、日本経済新聞朝刊で連載中である。

外部リンク

(万波医師の行った病気腎移植について)

脚注

  1. ^ 臓器移植ファクトブック2007 日本移植学会広報委員会編
  2. ^ Nicol DL et.al, Kidneys from patients with small renal tumours: a novel source of kidneys for transplantation., BJU Int. 102(2):188-92(2008)
  3. ^ Nicol DL et.al, Kidneys from patients with small renal tumours: a novel source of kidneys for transplantation., BJU Int. 102(2):188-92(2008)
  4. ^ 移植の事前説明なし ドナー女性が証言,四国新聞社,2006.11.12[1]
  5. ^ 日本消化器病学会雑誌98巻P206-213(2001年) 肝疾患における肝炎ウイルスマーカーの選択基準(3版)
  6. ^ Cavallari A et.al, Fatal necrotizing pancreatitis caused by hepatitis B virus infection in a liver transplant recipient., J Hepatol. 1995 Jun;22(6):685-90
  7. ^ 同様な事例として、2013年11月末に報道されたエイズウイルス(HIV)に感染した献血者の血液が患者2人に輸血された事例がある。2人の患者のうち60代男性の患者には感染が確認されている一方で、80代女性は複数の血液検査の結果、感染していないことが判明した。 もう1人の輸血患者はHIV感染なし 献血問題 - ニュース - アピタル(医療・健康)
  8. ^ 病腎移植に関する学会声明(日本移植学会、日本泌尿器科学会、日本透析医学会、日本臨床腎移植学会)
  9. ^ ネフローゼ症候群を呈するドナーからの生体腎移植に関する意見書,日本腎臓学会
  10. ^ 再発性腎炎による移植腎喪失の危険因子  難波行臣, 岡一雅, 今村亮一, 史屹, 市丸直嗣, 奥山明彦, 高原史郎,大阪大学器官制御外科学(泌尿器科), 大阪大学病態病理部,移植, 39 : 208, 2004.
  11. ^ 腎臓摘出必要なかった/立ち会った外科医証言,四国新聞社,2006.11.08[2]
  12. ^ 病腎移植に関する学会声明(日本移植学会、日本泌尿器科学会、日本透析医学会、日本臨床腎移植学会)
  13. ^ 病腎移植に関する学会声明(日本移植学会、日本泌尿器科学会、日本透析医学会、日本臨床腎移植学会)
  14. ^ 誤診で腎臓摘出、元患者が備前市を賠償提訴 岡山地裁 朝日新聞 2010年2月6日
  15. ^ 病気腎移植損賠訴訟:原告の請求棄却−−松山地裁判決 毎日新聞 2014年10月28日