フクロムシ

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フクロムシ
Sacculina carcini
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 顎脚綱 Maxillopoda
亜綱 : 鞘甲亜綱 Thecostraca
下綱 : 蔓脚下綱 Cirripedia
上目 : 根頭上目 Rhizocephala

フクロムシ(Rhizocephalan barnacle)は、他の甲殻類寄生する甲殻類である、根頭上目(Rhizocephala)に属する動物[1]生活史が複雑なことで知られる。

生活史中のある段階の有無により、ケントロゴン目アケントロゴン目に分類される。

形態

フクロムシ類の成体は、すべての体節構造と付属肢が退化しており[2]、とても節足動物とは思えない外見を持つ[3]

雌雄で著しく形態が異なる。宿主の体外に出ている部分はのエキステルナと呼ばれる部位で、軟らかいクチクラ層に覆われている。その中はほとんどすべてが生殖器であり、卵巣と卵が詰まっている[4]。宿主体内にはインテルナと呼ばれる根のような器官が成長し、とくに中腸腺に付着して栄養を奪う[4]

は著しく小さく、精巣以外の器官のほとんどが退化した矮雄である。雌のエキステルナ内にあるレセプタクルという窪みの中にいる。あまりにも極端に退化しているため、かつてはフクロムシ類は卵巣と精巣を併せ持つ雌雄同体であり、雄はその精巣部分であるとみなされていた[4]

生活史

まずケントロゴン目の生活史を説明する。受精は雌のエキステルナで起こり、孵化するとノープリウス幼生として体外に放出される。ノープリウス幼生は数回の脱皮を経てキプリス幼生に変態する。雌のキプリス幼生は宿主に付着すると変態し、まずケントロゴンと呼ばれる形態になる。ケントロゴンは宿主に針を刺して細胞を侵入させ、これが蠕虫状のバーミゴン幼生になる。バーミゴン幼生はその後、インテルナとして宿主の腹部血体腔内で成長する。さらに成長が進むと。体外にエキステルナを露出させる。雄のキプリス幼生は、雌のエキステルナに開いた外套口に付着し、トリコゴンに変態して雌の体内に入る。雄はレセプタクルに達すると、精子をつくる細胞塊になる[2]。受精が起こるとエキステルナが発達し、やがてノープリウス幼生が放出される。エキステルナは数度の繁殖後、脱落する[4]

もう1つのグループであるアケントロゴン目では、ケントロゴン、トリコゴンの段階を欠いており、雌の宿主への侵入、雄の雌への侵入はキプリス幼生が直接行う[2]

宿主

フクロムシ類の宿主はすべて同じ甲殻類で、十脚目エビカニヤドカリシャコなど)のほか、ワラジムシ目クーマ目、同じ蔓脚類であるフジツボ類に寄生するものもいる[5]

宿主への影響

フクロムシは宿主の繁殖能力を失わせることで有名である(寄生去勢)。フジツボ類に寄生するフジツボフクロムシ科は例外だが、ほとんどのフクロムシ類が寄生去勢の能力を持つ[5]。これは、宿主のエネルギーが繁殖に振り向けられることを防ぎ、より多くの栄養を奪うためのフクロムシによる適応であると考えられている[4][6]

フジツボフクロムシ科とツブフクロムシ科以外の多くのフクロムシ類は、雄に寄生した場合、去勢に加えて行動や形態の雌化を引き起こす[5]。これは、フクロムシが宿主の雄性腺を破壊することによって起こる[4]。さらには、フクロムシに寄生されたカニが、幼生の放出を補助する行動を取ったり(これは、カニが自らの幼生を放出する行動と同じ)、フクロムシのエキステルナを掃除したりする行動も観察されている[4]。カニはあたかも、フクロムシを自身の卵だと思い込んでいるかのような行動を取るのである[4]

進化と系統

フクロムシ類はキプリス幼生を持つことからフジツボ類と近縁であると考えられ、分子系統からも根頭上目(フクロムシ類)は完胸上目(フジツボ、エボシガイなど)と姉妹群になることが支持されている。次に近縁なのは尖胸上目ツボムシ類)であり、この3グループをまとめて蔓脚下綱(フジツボ下綱)と呼ぶ[7][2]

蔓脚類の中で、寄生して宿主から栄養を得ているのはフクロムシ類のみであり、残りの2グループは濾過食者である。フクロムシ類の祖先もおそらく濾過食者であると推定されており、他の節足動物の体表に付着して濾過食を行う段階を経由して、現在のような寄生が進化したのだろうと思われる[7]。なおフクロムシ類は単系統群であり、寄生の進化はこのグループの進化史上一度だけ起こった出来事のようである[7]異尾類(ヤドカリやコシオリエビ)に寄生するものがもっとも祖先的であるとされている[7]

フクロムシ類の内部では、ケントロゴン目の一系統がアケントロゴン目であることが明らかになっている。つまりアケントロゴン目は単系統群だが、ケントロゴン目は側系統群である。したがって、ケントロゴンによる宿主への侵入が祖先的であり、アケントロゴン目は二次的にケントロゴン段階を失ったことになる[7]

分類

Walker(2001)[8]による分類を示す。和名はBiological Information System for Marine Life[9]による。

引用文献

  1. ^ 石川統・黒岩常洋・塩見正衛・松本忠夫・守隆夫・八杉貞雄・山本正幸編 編「フクロムシ」『生物学辞典』東京化学同人、2010年、p.1121頁。ISBN 9784807907359 
  2. ^ a b c d 大塚攻、駒井智幸 著「鞘甲亜綱」、石川良輔編集 編『節足動物の多様性と系統』岩槻邦男・馬渡峻輔監修、裳華房〈バイオディバーシティ・シリーズ6〉、2008年、pp.227-232頁。ISBN 9784785358297 
  3. ^ 朝倉彰 著「甲殻類とは」、朝倉彰編著 編『甲殻類学』東海大学出版会、2003年、p.19頁。ISBN 4486016114 
  4. ^ a b c d e f g h 高橋徹 著「性をあやつる寄生虫、フクロムシ」、長澤和也編著 編『フィールドの寄生虫学』東海大学出版会、2004年、pp.81-94頁。ISBN 448601636X 
  5. ^ a b c Høeg, JT (1995). “The biology and life cycle of the Rhizocephala (Cirripedia)”. J Mar Biol Ass UK 75 (3): 517-550. doi:10.1017/S0025315400038996. http://journals.cambridge.org/action/displayAbstract?fromPage=online&aid=4373724. 
  6. ^ ドーキンス, リチャード 著、日高敏隆・遠藤彰・遠藤知二 訳『延長された表現型』紀伊国屋書店、1987年(原著1982年)、pp.397-398頁。ISBN 4314004851 
  7. ^ a b c d e Glenner, H; Hebsgaard, MB (2006). “Phylogeny and evolution of life history strategies of the Parasitic Barnacles (Crustacea, Cirripedia, Rhizocephala)”. Mol Phylogenet Evol 41 (3): 528-538. doi:10.1016/j.ympev.2006.06.004. 
  8. ^ Walker, G (2001). “Introduction to the Rhizocephala (Crustacea: Cirripedia)”. J Morphol 294 (1): 1-8. doi:10.1002/jmor.1038. http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jmor.1038/abstract. 
  9. ^ Superorder: Rhizocephala 根頭上目”. Biological Information System for Marine Life. 国際海洋環境情報センター. 2011年2月9日閲覧。