RPE65

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RPE65
識別子
記号RPE65, BCO3, LCA2, RP20, mrd12, sretinal pigment epithelium-specific protein 65kDa, retinal pigment epithelium specific protein 65, retinoid isomerohydrolase, p63, retinoid isomerohydrolase RPE65
外部IDOMIM: 180069 MGI: 98001 HomoloGene: 20108 GeneCards: RPE65
遺伝子の位置 (ヒト)
1番染色体 (ヒト)
染色体1番染色体 (ヒト)[1]
1番染色体 (ヒト)
RPE65遺伝子の位置
RPE65遺伝子の位置
バンドデータ無し開始点68,428,822 bp[1]
終点68,449,954 bp[1]
遺伝子の位置 (マウス)
3番染色体 (マウス)
染色体3番染色体 (マウス)[2]
3番染色体 (マウス)
RPE65遺伝子の位置
RPE65遺伝子の位置
バンドデータ無し開始点159,304,812 bp[2]
終点159,330,958 bp[2]
RNA発現パターン
さらなる参照発現データ
遺伝子オントロジー
分子機能 phosphatidylcholine binding
cardiolipin binding
phosphatidylserine binding
金属イオン結合
oxidoreductase activity, acting on single donors with incorporation of molecular oxygen, incorporation of two atoms of oxygen
加水分解酵素活性
all-trans-retinyl-ester hydrolase, 11-cis retinol forming activity
all-trans-retinyl-palmitate hydrolase, 11-cis retinol forming activity
retinal isomerase activity
isomerase activity
retinol isomerase activity
細胞の構成要素 細胞質
オルガネラ膜
cell body

intracellular membrane-bounded organelle
細胞膜
小胞体
endoplasmic reticulum membrane
生物学的プロセス insulin receptor signaling pathway
response to light stimulus
刺激への反応
retinol metabolic process
detection of light stimulus involved in visual perception
retinoid metabolic process
retinal metabolic process
retina morphogenesis in camera-type eye
retina homeostasis
retina development in camera-type eye
概日リズム
vitamin A metabolic process
camera-type eye development
neural retina development
視覚
cellular response to electrical stimulus
zeaxanthin biosynthetic process
出典:Amigo / QuickGO
オルソログ
ヒトマウス
Entrez
Ensembl
UniProt
RefSeq
(mRNA)

NM_000329

NM_029987

RefSeq
(タンパク質)

NP_000320

NP_084263

場所
(UCSC)
Chr 1: 68.43 – 68.45 MbChr 1: 159.3 – 159.33 Mb
PubMed検索[3][4]
ウィキデータ
閲覧/編集 ヒト閲覧/編集 マウス

RPE65(retinal pigment epithelium-specific 65 kDa protein)またはレチノイドイソメロヒドロラーゼ: retinoid isomerohydrolase)は、脊椎動物の視覚サイクルの酵素であり、ヒトではRPE65遺伝子によってコードされる[5][6]。RPE65は、網膜色素上皮英語版(RPE、光受容細胞英語版に栄養を供給する上皮細胞層)で発現しており、光シグナル伝達英語版の過程でall-trans-レチニルエステルから11-cis-レチノールへの変換を担う[7]。その後、11-cis-レチノールは光受容細胞での視色素の再生に利用される[8][9]。RPE65は、カロテノイドオキシゲナーゼ英語版ファミリーに属する[8]

機能[編集]

RPE65は脊椎動物の視覚サイクルに重要な酵素であり、網膜色素上皮に存在する。また、桿体細胞錐体細胞にも存在する[10]。11-cis-レチナールからall-trans-レチナールへの光異性化は光シグナル伝達経路を開始し、脳はこの経路を介して光を検知する。All-trans-レチノールは光活性を持たないため、オプシンと再び結合して活性型の視色素を形成するまでに、11-cis-レチナールへ再変換される必要がある[8][11]。RPE65はall-trans-レチニルエステルを11-cis-レチノールへ変換することで、光異性化を逆転させる。RPE65の最も一般的なエステル基質は、パルミチン酸レチノールである。視覚サイクルを完結するためには、All-trans-レチノールからレチニルエステル(RPE65の基質)への酸化とエステル化、そして11-cis-レチノールから11-cis-レチナール(光活性のある視色素の構成要素)への酸化を行う、他の酵素も必要である[8][9]

視覚サイクルにおいてRPE65によって行われる反応

RPE65は、酵素の基質やエステルの加水分解に関与しているかどうかに関する過去の議論のため、レチノールイソメラーゼやレチノイドイソメラーゼと呼ばれることもある。

構造[編集]

RPE65は2つの対称的な、酵素反応的には独立したサブユニットからなる二量体である。各サブユニットの活性部位は7枚の羽根を持つβプロペラ構造を持ち、4つのヒスチジン補因子として(II)イオンを結合している[9][12]。この構造モチーフは、研究が行われているカロテノイドオキシゲナーゼファミリーの酵素の間で共通している。RPE65は網膜上皮細胞で滑面小胞体の膜に強固に結合している[8]

活性部位[編集]

RPE65の活性部位には、4つのヒスチジン(His180、His241、His313、His527)に結合したFe(II)の補因子が存在する。4つのヒスチジンはそれぞれβプロペラ構造の異なる羽根に位置している。4つのヒスチジンのうち3つの近傍にはグルタミン酸残基(Glu148、Glu417、Glu469)が配位しており、補因子の鉄に対するヒスチジンの八面体型配置での結合を補助していると考えられている[13]。活性部位を囲むPhe103、Thr147、Glu148はカルボカチオン中間体の安定化を助け、13-cis-レチノールと比較して11-cis-レチノールに対する立体選択性を高めている[9]

RPE65のFe(II)補因子には、4つのヒスチジン残基と3つのグルタミン酸残基が配位している。

反応物や生成物は、疎水性のトンネルを通って活性部位に出入りしていると考えられる。このトンネルは、基質となる脂質を直接吸収するために脂質膜に向かって開いていると考えられる。もう1つのより小さなトンネルも活性部位に達しているが、レチノイドの反応物や生成物を輸送するには狭すぎるため、水分子の経路となっていると考えられる[9][13]

膜との相互作用[編集]

RPE65は、滑面小胞体の膜に強固に結合している。滑面小胞体は脂質であるレチノイドのプロセシングに関与するため、網膜色素上皮の細胞には非常に豊富に存在する。構造研究からは、RPE65はその疎水性表面と脂質膜内部との相互作用によって、滑面小胞体の膜に部分的に埋め込まれていることが示されている。このことは、RPE65の可溶化に界面活性剤が必要であることからも支持される。RPE65の疎水性表面の大部分(109–126番残基)は両親媒性αヘリックスを形成しており、タンパク質の膜に対する親和性に寄与していると考えられる。また、内在性のRPE65ではCys112はパルミトイル化されており、RPE65の疎水性表面が膜に埋め込まれていることのさらなる裏付けとなっている[13]

RPE65の疎水性表面には、酵素の活性部位へつながる大きなトンネルの入り口が存在する。このチャネルが疎水性表面に存在することと、RPE65は脂質二重層から基質を直接吸収する能力が実証されていることも、RPE65は膜に部分的に埋め込まれていることを支持している[8]

保存性[編集]

RPE65は、ゼブラフィッシュ、ニワトリ、マウス、カエル、ヒトなど幅広い脊椎動物から単離されている[8][14][15]。その構造は種間で高度に保存されており、特にβプロペラと推定膜結合領域で保存性が高い。ヒトとウシのRPE65のアミノ酸配列の差異は1%未満である[13]。βプロペラ構造のヒスチジン残基とそこに結合するFe(II)補酵素は、研究が行われているRPE65のオルソログやカロテノイドオキシゲナーゼファミリーの他のメンバーで100%保存されている[9]

可溶型RPE65(sRPE65)[編集]

以前、RPE65には膜結合型のmRPE65と可溶型のsRPE65という2つの互換可能な形態が存在することが提唱されていた。この仮説では、Cys231、Cys329、Cys330のパルミトイル化によるsRPE65からmRPE65への可逆的な変換が、視覚サイクルの調節やmRPE65に対する膜親和性の付与に関与していることが示唆されていた[16]。しかしRPE65の結晶構造解析により、これらの残基はパルミトイル化されておらず、分子表面にも露出していないことが示された。また新たな研究では、可溶性RPE65の豊富な存在も確認できなかった。そのため、現在ではこの仮説はほぼ放棄されている[8][13]

機構[編集]

提唱されているRPE65によるO-アルキル開裂の機構。示されている残基は左上から時計回りに、Phe103、Thr147、His313、His527、His180、His241、Glu148である。

RPE65によるall-trans-レチニルエステルから11-cis-レチノールへの変換は、SN1反応によるO-アルキル結合の開裂によって触媒される。RPE65によるO-アルキルエステルの開裂、幾何異性化、そして水の付加という組み合わせは、現在の生物学では唯一のものであると考えられている。しかしながら、同様に安定化されたカルボカチオン中間体によるO-アルキルエステルの開裂は有機化学者によって利用されている[9][17]

O-アルキル開裂[編集]

Fe(II)補因子の助けを借りたエステル結合のO-アルキル開裂は、共役ポリエン鎖によって安定化されたカルボカチオン中間体を生成する。カルボカチオンの非局在化によりポリエン鎖の結合次数は低下し、トランスからシスへの異性化の活性化エネルギーが低下する。Phe103とThr178は異性化したカルボカチオンをさらに安定化し、酵素の立体選択性を担っていると考えられている。異性化後、C15に対する水分子の求核攻撃によってポリエン鎖の共役が回復し、エステル結合の開裂が完了する[9][13]

代替的なSN2機構の可能性[編集]

他の生化学的なエステル加水分解反応のほぼすべては、アシル炭素でのSN2反応によって行われる。しかし同位体標識研究により、RPE65の最終的な11-cis-レチノール産物の酸素は反応するエステルではなく溶媒に由来するものであることが示されており、O-アルキル開裂機構が支持される[13]。さらにSN2エステル加水分解反応機構では、反応の異性化部分を完了させるために、何らかの求核剤(おそらくシスチン残基)による電子豊富なC11に対する不利なSN2攻撃が必要となる。アルケンに対する求核攻撃はエネルギー的に不利であるだけでなく、活性部位には求核剤として働くシスチン残基は存在しない[8][9]

臨床的意義[編集]

RPE65遺伝子の変異は、レーバー先天性黒内障英語版2型(LCA2)や網膜色素変性症(RP)と関係している[6][18]。デンマークのLCA患者で最も一般的に検出される変異は、RPE65の変異である[19]。LCA2とRPの患者におけるRPE65の変異の大部分はβプロペラ部分に生じており、タンパク質の適切なフォールディングと補因子の鉄の結合を阻害すると考えられている。プロペラ部分の変異部位として特に一般的なのは、Tyr368とHis182である。また、Arg91の置換も一般的であり、RPE65の膜との相互作用や基質の取り込みに影響を与えることが示されている[13]

RPE65の機能の完全な喪失はLCAやRPなどの疾患と関係しているが、RPE65の部分的な阻害は加齢黄斑変性(AMD)の治療法として提唱されている。All-trans-レチニルアミン(Ret-NH2)とエミクススタット英語版は、いずれもRPE65を競合的に阻害することが示されている[9]。エミクススタットは現在、AMDの治療薬としてFDAの第3相臨床試験が行われている[9][20]。また、Jean BennettKatherine A. HighによるRPE65の変異に関する研究によって遺伝性の失明から回復が可能となり、遺伝子疾患に対する遺伝子治療として初めてFDAの承認を受けた(ボレチジーンネパルボベック英語版)。

出典[編集]

  1. ^ a b c GRCh38: Ensembl release 89: ENSG00000116745 - Ensembl, May 2017
  2. ^ a b c GRCm38: Ensembl release 89: ENSMUSG00000028174 - Ensembl, May 2017
  3. ^ Human PubMed Reference:
  4. ^ Mouse PubMed Reference:
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  20. ^ Acucela - Retinal Diseases”. acucela.com. 2016年3月1日閲覧。

関連文献[編集]

タンパク質の構造と機能
臨床・遺伝学的研究

外部リンク[編集]