JBW
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| 参戦年度 | 1959 - 1961 |
|---|---|
| 出走回数 | 5 |
| コンストラクターズ タイトル |
0 |
| ドライバーズタイトル | 0 |
| 優勝回数 | 0 |
| 通算獲得ポイント | 0 |
| 表彰台(3位以内)回数 | 0 |
| ポールポジション | 0 |
| ファステストラップ | 0 |
| F1デビュー戦 | 1959年イギリスGP |
| 初勝利 | - |
| 最終勝利 | - |
| 最終戦 | 1961年イタリアGP |
JBW(JBW Cars)は1959年から1961年にかけてF1参戦していたイギリスのチーム。
目次 |
歴史 [編集]
チームの発祥 [編集]
イギリス人ドライバーブライアン・ネイラーが、メカニックのフレッド・ウィルキンソン(Fred Wilkinson)と共にスポーツカーを制作しレースに出場したのが発祥。 チーム名の「JBW」は、ネイラーのファーストネーム“J.B(ジョン・ブライアン)”とウィルキンソンの頭文字“W”に由来する。
F1 [編集]
1959年、クーパーのシャシーをベースにマセラティエンジン搭載のオリジナルマシンを制作。 地元イギリスGPに出場するも、リタイアに終わる。
翌1960年にはモナコ、イギリス、イタリア、アメリカの4戦に出走するも、完走は13位を記録した地元イギリスGPの1戦のみで、結果的にこれが最初で最後の完走となる。 またモナコGPでは予選落ちを喫している。
続く1961年はクライマックスエンジンを搭載して参戦するも、イタリアGPのみの出場に留まる(決勝リタイア)。
その後ネイラーが自身の体調悪化により引退してしまい、それに伴いチームも消滅した。