鎌倉幕府の執権一覧

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鎌倉幕府の執権一覧(かまくらばくふのしっけんいちらん)は、鎌倉幕府における執権の一覧。

執権職は北条氏が独占し、世襲した。当初から大きな勢力を持っていたが、三代将軍源実朝暗殺後はほとんど幕府の実権を掌握し、政務を執った。しかしながら将軍職は公家皇族から迎える形で名目的存在としてあり、北条氏は形式的服従を貫いていた。→鎌倉将軍一覧参照。

北条氏の嫡流は「得宗家」と称され、得宗家の当主またはその後継者が幼少の時には北条氏の庶流から執権が任じられた。元弘の乱の最終段階(鎌倉の戦い東勝寺合戦)において、13代基時・14代高時(得宗家)・15代貞顕・16代守時の4名の執権(及び経験者)が鎌倉幕府とともに滅ぼされることになった。

一覧[編集]

氏名 肖像 官位 在職 期間 享年 出身家
1 ほうじょう ときまさ
北条時政
 
Hōjō Tokimasa.jpg 05-12/従五位下
遠江守
01-/建仁3年(1203年)9月
 - 元久2年(1205年)閏7月
01年 11か月 78 北条氏
2 ほうじょう よしとき
北条義時
 
04-12/従四位下
右京権大夫
02-/元久2年(1205年)閏7月[1]
 - 貞応3年(1224年)6月13日
18年 11か月 62 得宗家
3 ほうじょう やすとき
北条泰時
 
Hōjō Yasutoki.jpg 04-02/正四位下
左京権大夫
03-/貞応3年(1224年)6月
 - 仁治3年(1242年)6月15日
18年 60 得宗家
4 ほうじょう つねとき
北条経時
 
05-02/正五位下
武蔵守
04-/仁治3年(1242年)6月15日
 - 寛元4年(1246年)3月23日
03年 9か月 23 得宗家
5 ほうじょう ときより
北条時頼
 
Hōjō Tokiyori.jpg 05-02/正五位下
相模守
05-/寛元4年(1246年)3月23日
 - 康元元年(1256年)11月22日
10年 8か月 37 得宗家
6 ほうじょう ながとき
北条長時
 
05-11/従五位上
武蔵守
06-/康元元年(1256年)11月22日
 - 文永元年(1264年)7月3日
07年 7か月 35 極楽寺流
7 ほうじょう まさむら
北条政村
 
04-02/正四位下
左京権大夫
07-/文永元年(1264年)8月11日
 - 文永5年(1268年)3月5日
03年 7か月 69 政村流
8 ほうじょう ときむね
北条時宗
 
Hōjō Tokimune.jpg 05-02/正五位下
相模守
08-/文永5年(1268年)3月5日
 - 弘安7年(1284年)4月4日
16年 1か月 34 得宗家
9 ほうじょう さだとき
北条貞時
 
Hōjō Sadatoki.jpg 04-11/従四位上
相模守
09-/弘安7年(1284年)4月4日
 - 正安3年(1301年)8月22日
17年 4か月 40 得宗家
10 ほうじょう もろとき
北条師時
 
05-12/従四位下
相模守
10-/正安3年(1301年)8月22日
 - 応長元年(1311年)9月21日
10年 1か月 37 宗政流
11 ほうじょう むねのぶ
北条宗宣
 
04-12/従四位下
陸奥守
11-/応長元年(1311年)10月3日
 - 応長2年(1312年)5月29日
00年 8か月 54 大仏流
12 ほうじょう ひろとき
北条煕時
 
正五位下相模守 12-/応長2年(1312年)6月2日
 - 正和4年(1315年)7月12日
03年 1か月 37 政村流
13 ほうじょう もととき
北条基時
 
05-12/正五位下
相模守
13-/正和4年(1315年)7月12日
 - 正和5年(1316年)7月9日
01年 48 極楽寺流
14 ほうじょう たかとき
北条高時
 
Hōjō Takatoki.jpg 04-12/正五位下
修理権大夫
14-/正和5年(1316年)7月10日
 - 正中3年(1326年)2月13日
09年 7か月 31 得宗家
15 ほうじょう さだあき
北条貞顕
 
Houjou Sadaaki.JPG 05-01/従四位上
修理権大夫
15-/正中3年(1326年)3月16日
 - 同3月26日
00011日間 56 金沢流
16 ほうじょう もりとき
北条守時
 
04-12/従四位上
相模守
16-/嘉暦元年(1326年)4月24日
 - 元弘3年(1333年)5月18日
07年 1か月 39 赤橋流

脚注[編集]

  1. ^ 承元3年(1209年)就任説もある(岡田清一「執権制の成立と建保合戦」(『中世日本の諸相 下巻』吉川弘文館、1989年 および『鎌倉幕府と東国』続群書類従完成会、2006年))。

関連項目[編集]