華屋与兵衛

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華屋 與兵衛(はなや よへえ、1799年 - 1858年小泉與兵衛花屋與兵衛とも)は、江戸時代江戸前寿司の人物。江戸三鮨のうちの一つ「与兵衛寿司」を開業した。

人物[編集]

霊岸島(東京都中央区にかつて存在した地名)生まれ。[1] 幼名は弥助(やすけ)。伝染病で両親を亡くす。

1824年に華屋を開業。ワサビを使い、現在の寿司に非常に近いものを出したことから、一般には握り寿司の考案者とされる。他の業者と競い豪華な寿司を提供したことから、奢侈を禁じた天保の改革の際には他の寿司職人ともども投獄されている。明治時代に出版された書物には、与兵衛が投獄された原因はアナゴ寿司にあったと伝えている。

脚注[編集]

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出典[編集]

外部リンク[編集]

Hanaya Yohei's sushi 与兵衛肖像、与兵衛鮨店、与兵衛鮨にぎり模写 (英文)