菊地正彦

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菊池 正彦
きくち まさひこ
生年月日 (1953-05-05) 1953年5月5日(70歳)
出身校 日本大学法学部政治経済学科
日本大学大学院法学研究科
所属政党日本新党→)
新進党→)
自由党→)
生活の党→)
日本維新の会

選挙区 港区選挙区
当選回数 1回
在任期間 1993年 - 1997年
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菊池 正彦(きくち まさひこ、1953年5月5日 - )は、東京都港区選出の政治家実業家。元東京都議会議員(1期)。政策グループ『「港区の元気」と仲間たち』 主宰。

概要[編集]

略歴[編集]

父方姓:菊池、母方性:菊地。 職業軍人から自衛官となった父を持ち、厳格な家庭で育つ。義父はかつて、米国住友商事社長・住友商事(日本本社)副社長・住商リース社長及び会長を歴任。

日本大学法学部政治経済学科を経て、日本大学大学院法学研究科博士前期課程にて「政治学」を専攻。広告代理店勤務を経て、株式会社ベースボール・マガジン社にて取材記者となり、その後独立し港区六本木に会社を設立。

1992年、細川護熙(第79代 内閣総理大臣)が結成した日本新党へ入党。1993年、日本新党の公認候補として東京都議会議員選挙(港区)に初出馬し、トップで当選した。自衛隊出身元空将の田村秀昭(元参議院議員)が主宰する「新しい志の会」事務局長を務め、1995年には政策勉強会として立ち上げた政策グループ『「港区の元気」と仲間たち』 を主宰。1997年、2期目の選挙において、新進党(日本新党、新生党、公明党の一部、民社党、自由改革連合などが結集し結党)の公認候補となるが、落選。 その後、小沢一郎(衆議院議員)に師事し、2001年に自由党(新進党が分党し結成、党首 小沢一郎)の公認候補として東京都議会選挙にて再選を目指すが民主党の候補に僅差で惜敗。2005年、無所属で東京都議会議員選挙にて再選を目指すが再度落選。2013年、生活の党公認候補として東京都議会議員選挙を戦い敗北。港区長選挙には2000年、2004年、2020年と挑戦するが及ばず。2021年都議選日本維新の会公認で出馬し、落選。

経歴[編集]

  • 1978年 株式会社大生社(広告代理店) 勤務
  • 1981年 株式会社ベースボール・マガジン社 勤務
  • 1985年 港区六本木にスポーツ関連会社を設立し独立。
  • 1993年 東京都議会議員選挙に日本新党公認で出馬し初当選(1期)。
  • 1997年 東京都議会議員選挙に新進党公認で出馬。
  • 2000年 港区長選挙に出馬。
  • 2001年 東京都議会議員選挙に自由党公認で出馬。5人中3位で落選。
  • 2004年 港区長選挙に出馬。
  • 2005年 東京都議会議員選挙に無所属で出馬。6人中5位で落選。
  • 2012年 株式会社GBプロモーション(スポーツ関連企業) 取締役就任。
  • 2013年 東京都議会議員選挙に生活の党公認で出馬。6人中6位で落選。
  • 2020年 港区長選挙に出馬。
  • 2021年 東京都議会議員選挙に日本維新の会公認で港区選挙区で出馬。落選[1]
  • 現在も継続的に活動中。

脚注[編集]