第7回AAAアジア野球選手権大会日本代表

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第7回AAAアジア野球選手権大会日本代表2007年に開催された第7回AAAアジア野球選手権大会に参加した野球日本代表である。

概要[編集]

本大会から韓国・台湾主導によるルール変更によって使用バットが金属製から木製に変更されたが、日本へは事後報告という形になったことから、日本高等学校野球連盟は「筋が違う」「大会の趣旨から逸脱している」として不参加を決定。このため社会人野球を統括する日本野球連盟が、連盟管轄の企業(高卒1年目の早生まれの選手)、クラブ、専門学校の18歳以下の選手を招集して代表チームを編成した。本チームは全日本アマチュア野球連盟(BFJ)の代表チームと認定され、日本は初めて正式なU-18代表チームを本大会に送ることとなった。ユニフォームもプロや社会人、大学生が着用するタイプとなり、プロや社会人の代表同様に新日本石油(エネオス)がスポンサーとなった。ユニフォームについては高校選抜に戻った第8回大会以降も第11回大会まで継続して使用された。

試合結果[編集]

第1日目(8月25日)[編集]

第1戦 (2時間15分)

チャイニーズタイペイの旗チャイニーズタイペイ 3 - 0 日本の旗日本
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
日本の旗日本 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
チャイニーズタイペイの旗チャイニーズタイペイ 0 0 0 2 0 0 1 0 x 3 6 0
  1. 日:豊田、●尾崎崇佐藤須田 - 河内
戦評

日本の開幕戦の相手は優勝候補の台湾(チャイニーズタイペイ)。試合会場には多くの地元台湾ファンが観戦に訪れた。試合は日本代表先発の豊田和歌山箕島球友会)が力投を見せるも、4回裏に2番手尾崎崇履正社学園)が台湾にタイムリーを打たれ2点を先制される。台湾打線は7回にも日本の守備の乱れをついて1点を追加。投げては台湾先発が5回を打者16人に対し1四球無安打に抑える完璧なピッチング。2番手もMAX151キロの速球などで日本打線を完全に封じ込め大事な初戦をノーヒットノーランで飾った。

第2日目(8月26日)[編集]

第2戦 (3時間40分)

日本の旗日本 1 - 10 大韓民国の旗韓国
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
大韓民国の旗韓国 1 3 2 0 0 3 1 0 0 10 13 0
日本の旗日本 0 0 0 0 1 0 0 0 x 1 3 0
  1. 日:●須田田中豊田佐藤 - 河内笹平
戦評

先発の須田NOMOベースボールクラブ)は立ち上がりに1点を先制されると、2回にはエラーと押し出しなどで3点を失いこの回で降板。その後、2番手田中サウザンリーフ市原)が3回を3安打2失点で踏ん張るも、6回から登板した3番手豊田和歌山箕島球友会)が韓国強力打線につかまり3失点。打線は速球派が揃う韓国投手陣に1点に抑えられるも、5回に韓国高校NO.1左腕との呼び声が高い先発投手から佐竹ウェルネス新潟)がタイムリースリーベースを放つなど、登録選手18人中13人がプロに進むことが決まっている韓国相手に大健闘を見せた。

代表メンバー[編集]

位置 No. 氏名 所属 年齢
監督 77 西正文 履正社学園 46歳
コーチ 78 藤本政男 甲賀健康医療専門学校 51歳
79 野口広巳 オール高崎野球倶楽部 54歳
トレーナー 和田照茂 履正社学園
投手 11 須田健太 NOMOベースボールクラブ 18歳
13 豊田剛 和歌山箕島球友会 18歳
14 田中洋平 サウザンリーフ市原 18歳
16 佐藤紘 鶴岡野球クラブ 18歳
18 尾崎崇 履正社学園 18歳
50 尾崎成章 サウザンリーフ市原 17歳
捕手   1 笹平拓巳 履正社学園 18歳
22 河内和希 NOMOベースボールクラブ 18歳
27 岩部匡良 JR四国 17歳
内野手   2 柏木佑典 マルユウベースボールクラブ湘南 18歳
  6 阪田慎太郎 八尾ベースボールクラブ 16歳
  8 小園雄也 日産自動車九州 18歳
  9 後藤佑太 ウェルネス新潟 18歳
24 平井貴也 八尾ベースボールクラブ 17歳
33 石原玄基 履正社学園 18歳
外野手 15 佐竹由匡 ウェルネス新潟 18歳
28 東向誠 JR九州 18歳
38 田中淳 札幌倶楽部 17歳

外部リンク[編集]