章敬王后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

章敬王后尹氏(しょうけいおうごう いんし、チャンギョンワンフ、弘治4年7月6日1491年8月11日) - 正徳10年12月7日1516年1月10日))は李氏朝鮮第11代国王中宗の2番目の王妃。諡号は淑愼明惠宣昭懿淑章敬王后。本貫は坡平尹氏。坡原府院君 靖憲公 尹汝弼と順天府夫人朴氏の娘。

1506年、淑儀の身分で中宗の後宮に入り、1507年、端敬王后慎氏の廃妃と共に王后に冊封される。 1511年に孝恵公主を、1515年に世子仁宗)を産むが、産後の病のため死去。

兄の尹任韓国語版(大尹)は大尹派の中心人物となった。幼い頃は叔母であり月山大君(成宗の兄)の夫人、昇平府夫人朴氏(順天府夫人朴氏の姉)に養育された。 曽祖父の尹士昀韓国語版貞熹王后世祖の王妃)と兄弟で、文定王后中宗の3番目の王妃)の高祖父と兄弟。中宗反正ko、チュンジョンバンジョン)の中心人物である朴元宗韓国語版(パク・ウォンジョン)は叔父。文定王后の兄で小尹派の中心人物である尹元老韓国語版尹元衡とは遠縁にあたる。