白石稲荷山古墳

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白石稲荷山古墳
位置 北緯36度15分16秒
東経139度2分24秒
座標: 北緯36度15分16秒 東経139度2分24秒
所在地 群馬県藤岡市白石字稲荷原
形状 前方後円墳
規模 全長170m、高さ13.5m
築造年代 5世紀前半
埋葬施設 礫槨
出土品 銅鏡、武器、石製品、埴輪など
史跡指定 1993(平成5)年国指定
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白石稲荷山古墳(しろいしいなりやまやまこふん)は、群馬県藤岡市にある前方後円墳である。国の史跡に指定されている。白石古墳群を構成する1基。

概要[編集]

  • 全長170m[1]
  • 後円部径92m、高さ13.5m
  • 前方部幅145m、高さ8.5m

鏑川鮎川の合流地点の南方1.5kmの丘陵性台地上、標高120mの地点に立地する。直ぐ北には十二天塚・北古墳が並ぶ。

周堀は北と南で台地を切断する形で確認され、西側は自然の谷を利用し、東側は崖となっている。墳丘は基本的には三段築成であり、くびれ部は狭く途中からバチ形に開く。葺石は後円部では2段目と3段目に、前方部では3段目で全周するものと思われる。埴輪列は円筒埴輪と朝顔形円筒埴輪が検出され、後円部では3段に巡らされている。前方部では基壇と3段目に確認されているが部分的である。

1933年後藤守一らに調査され、1985・86年に藤岡市教育委員会により範囲確認調査が行われている。

1993年(平成5年)に国の史跡に指定。2009年(平成21年)には十二天塚古墳、十二天塚北古墳が追加指定された。

現在周辺を古墳公園として整備する構想が持ち上がっている[2]

埋葬施設[編集]

1933年に行われた調査で後円部墳頂東端・西端から主体部が1基ずつ検出された。ともに竪穴式礫郭で、砂砂利を敷き、壁に河原石を積み上げて粘土で蓋をした構造をしている。

東槨 
主要部分は破壊されていた。長さ8.2メートル、幅0.9~0.6メートル。内行花文鏡1、滑石製石枕1、扁平柱状の石枕?1、滑石製模造品(案1、1、坩2、1、1、18、刀子114)、鉄刀2、碧玉製管玉9、碧玉製勾玉1、ガラス製切小玉2、ガラス製管玉1、碧玉製算盤玉125出土。また埋葬施設の上から家形埴輪5出土。
西槨 
長さ5.3メートル、幅0.4メートル。四獣鏡1、滑石製石枕1、滑石製模造品(案1、杵1、坩2、釧1、下駄1対、剣17、刀子113)、滑石製勾玉115、滑石製臼玉100余、鉄刀4、銅製刀子把1、碧玉製勾玉3、碧玉製管玉48、ガラス製小玉1000、櫛4、鉄器残片出土。また埋葬施設の上から家形埴輪3、短甲形埴輪1出土。

埴輪などの出土品は東京国立博物館所蔵となっている。

脚注[編集]

  1. ^ 大塚初重小林三郎・熊野正也編『日本古墳大辞典』東京堂出版、1989年9月、58-59頁
  2. ^ 毛野国白石丘陵公園史跡整備 - 藤岡市

関連項目[編集]

外部リンク[編集]