歩兵第113連隊

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歩兵第113連隊
創設 1938年
廃止 1940年4月
再編成 1940年9月
廃止 1945年
所属政体 日本の旗 日本
所属組織  大日本帝国陸軍
部隊編制単位 連隊
兵科 歩兵
所在地 熊本 / 福岡
通称号/略称 龍6734
上級単位 第106師団 / 第56師団
最終位置 タイ王国 チェンマイ
主な戦歴 日中 - 第二次世界大戦
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歩兵第113連隊(ほへいだい113れんたい、歩兵第百十三聯隊)は、大日本帝国陸軍連隊のひとつ。

沿革[編集]

5月23日 - 軍旗拝受、編成完結後ただちに華中に派遣され武漢作戦に参加
3月 - 南昌作戦に参加
12月 - 華南に転進
3月 - 復員
9月27日 - 再編成され、再び軍旗拝受
2月17日 - 門司港を出港しビルマラングーンへ向かう
4月 - ビルマの戦いに参加、トングーへ向かう
4月28日 - シボウを占領する。その後ラシオ、バーモを経てカーサを占領し直ちに反転してバーモに戻る。ナンカン集結後雲南省へ向かい龍陵、拉孟の戦いに参加
6月20日 - 龍陵、拉孟の警備に就く。第3大隊は龍陵に、第1大隊は鎮安街に、連隊主力は拉孟を担当する
  • 1943年(昭和18年) - 大塘子の戦いに参加
  • 1944年(昭和19年)
3月 - ウィンゲート空挺旅団の進入に対処、1個大隊を捜索掃討戦に参加させる
5月11日 - 中国軍による怒江反撃戦が始まり、拉孟北方にて渡河した中国軍を撃退する
6月 - 拉孟・騰越の戦いや龍陵守備隊の救援、その後に後退して龍陵東北一帯にて防御に転じる
7月 - 作戦中止のためボウ市へ転進する
7月29日 - 第一次断作戦、龍陵守備隊救出のためシン緬公路などへ前進を開始。雲龍寺から転進し歩兵第146連隊と共に前進するが軍命令によりボウ市へ撤退する
7月下旬 - 雲南遠征軍の総攻撃が開始され激戦の末にボウ市は放棄される
12月下旬 - ワン町に転進する
1月 - ワン町東方高地一帯にて防戦するも同月中旬頃から撤退を始め、その後センウイ、ナムツ、シボウなどで後退しつつ連合国軍と交戦を続ける
8月 - 終戦

歴代連隊長[編集]

歴代の連隊長
(特記ない限り陸軍大佐
氏名 在任期間 備考
1 田中聖道 1938.5.15 - 8.6 戦死
2 飯野賢十 1938.8.27 - 1939.3.21 戦死
3 長崎守一 1939.3.29 -
4 有富親義 1940.3.15 -
5 松井秀治 1940.8.1 -
大須賀実 1944.12.16 -

参考文献[編集]

関連項目[編集]