李班

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哀帝 李班
成漢
第2代皇帝
王朝 成漢
在位期間 334年
姓・諱 李班
世文
諡号 哀皇帝
生年 太康9年(288年
没年 玉衡24年(334年
李蕩

李班(り はん)は、五胡十六国成漢の第2代皇帝

生涯[編集]

初代皇帝・李雄(武帝)の次兄・李蕩の子として生まれる。李蕩は李雄の王朝創設の過程において協力し、武功を挙げて王朝創設の一端を担ったが、中途で戦死した。李雄は兄の死に自らの責任を感じ、自分の後継者に実子ではなく、兄の遺児である李班を養子に迎えて皇太子とした。これはまた、李班が温厚で仁義に厚い賢人であったためともいわれている。

玉衡24年(334年)に武帝が崩御すると、皇位を継承して第2代皇帝として即位する。しかし武帝の四男である李期はこれを認めず、哀帝は李期とその兄である李越によって殺害された。享年47。

宗室[編集]

父母[編集]

  • 父:李蕩
  • 養父:李雄(武帝)

儿子[編集]

李幽

伝記資料[編集]

  • 晋書』巻一百二十一 戴記第二十一
先代:
武帝
成漢の第2代皇帝
334年
次代:
幽公