敦実親王
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敦実親王(あつみしんのう、寛平5年(893年) - 康保4年3月2日(967年4月14日))は、宇多天皇の第8皇子。母は藤原高藤の娘胤子。醍醐天皇の同母弟にあたる。室として藤原時平の娘を娶り、子の雅信、重信、寛信は源朝臣の姓を賜って臣籍に下り、宇多源氏の祖となった。他の子に、寛朝、雅慶らの僧がいる。六条宮を称した。
15歳で親王宣下を受け、上野太守・中務卿・式部卿を歴任し、一品に叙せられた。950年(天暦4年)出家して僧となり法名を覚真と称し、仁和寺に住した。諸芸に通じた才人であると同時に、早世が多かった宇多天皇の皇子では唯一長命を保ち、内外から重んじられた存在であった。
藤原忠房が作曲した舞楽曲の胡蝶や延喜楽に振り付けを付けるなど、日本の音楽史上重要な人物でもある。

