呂一型潜水艦

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呂一型潜水艦(F1型)
呂号第二潜水艦
艦級概観
艦種 二等潜水艦
艦名
前級 -
次級 呂三型潜水艦(F2型)
性能諸元
排水量 基準:689トン 常備:717トン
水中:1,047トン
全長 65.58m
全幅 6.07m
吃水 4.19m
機関 フィアット式ディーゼル2基2軸
水上:2,600馬力
水中:1,100馬力
速力 水上:18kt
水中:8kt
航続距離 水上:10ktで3,500海里
水中:4ktで75海里
燃料 重油
乗員 43名
兵装 短7.5cm単装砲1門
45cm魚雷発射管 艦首3門、艦尾2門
魚雷8本
備考 安全潜航深度:50m

呂一型潜水艦(ろいちがたせんすいかん)は、日本海軍潜水艦の艦級。F1型(エフいちがた)とも。同型艦2隻。

概要[編集]

イタリアフィアット社が設計したロレンチ型潜水艦を日本でライセンス生産したものである。主機はフィアット型ディーゼルを輸入した。建造は川崎造船所1920年(大正9年)に竣工した。竣工時の名称は第一八潜水艦並びに第二一潜水艦である。本型は船体の強度に難があり、また主機のディーゼルの信頼性も低く実用上問題があった。1932年(昭和7年)に両艦除籍、戦歴は特にない。

同型艦[編集]

※艦長等は『日本海軍史』第10巻の「将官履歴」に基づく。

呂1[編集]

1920年(大正9年)3月31日竣工(神戸川崎)。竣工時の艦名は第一八潜水艦1924年(大正13年)11月1日呂号第一潜水艦に改称。1932年(昭和7年)4月1日除籍。
艤装員長
上林潔 少佐:1919年6月1日[1] -
艦長
上林潔 少佐:1920年3月31日[2] -
(心得)高塚省吾 大尉:1920年12月1日 - 1922年1月10日
(心得)寺垣敬三 大尉:1922年1月10日 - 1923年5月1日

呂2[編集]

1920年(大正9年)4月20日竣工(神戸川崎)。竣工時の艦名は第二一潜水艦1924年(大正13年)11月1日呂号第二潜水艦に改称。1932年(昭和7年)4月1日除籍。
艤装員長
(心得)渡部徳四郎 大尉:1919年12月1日[3] -
艦長
(心得)塹江乙矢 大尉:1920年12月1日[4] -
(心得)箕輪中五 大尉:不詳 - 1921年11月20日[5]
(心得)岩高賢治 大尉:1921年11月20日[5] - 1922年12月1日[6]
(心得)田村劉吉 大尉:1922年12月1日 - 1923年1月8日

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第2048号、大正8年6月3日。
  2. ^ 『官報』第2297号、大正9年4月1日。
  3. ^ 『官報』第2199号、大正8年12月2日。
  4. ^ 『官報』第2501号、大正9年12月2日。
  5. ^ a b 『官報』第2793号、大正10年11月22日。
  6. ^ 『官報』第3102号、大正11年12月2日。

参考文献[編集]

  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0462-8
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第10巻、第一法規出版、1995年。

関連項目[編集]