公社
詳細は「国有企業」を参照
公社(こうしゃ)とは、政府(国)の出資する法人であって、その名称に「公社」の文字が用いられているもの、あるいは地方公共団体が地方住宅供給公社法(昭和40年法律第124号)に基づく地方住宅供給公社、地方道路公社法(昭和45年法律第82号)に基づく地方道路公社及び公有地の拡大の推進に関する法律(昭和47年法律第66号)に基づく土地開発公社又は、地方公共団体の出資する公益法人その他であって、その名称に「公社」の文字が用いられているもの等の総称である。この項目で説明する「公社」とは、日本における公社の説明である。
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[編集] 日本政府(国)が設立した公社
[編集] 公社の誕生
日本の政府の出資する法人のうち、はじめて「公社」として設立されたのは、大蔵省専売局を改組した日本専売公社及び運輸省の一部を改組した日本国有鉄道である。戦後の日本において、国は、「行政調査部」を設置し、専売(塩、樟脳、煙草)、鉄道、逓信(郵便、電信電話)、造幣、印刷、アルコール専売といった現業官庁の行政機関からの分離を検討、「公庁」という法人格を付与した特別の機関とすることが立案された。その後、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) 側の異論や各省側の難色などにより、対象事業分野が絞られ、GHQ側の意向を受けて、現業官庁であった専売、鉄道、逓信といった事業分野が、"Public Corporation"として行政機関から分離することが可能となった。さらにこれを受けて政府内部でも検討を行ない、逓信が外され、大蔵省の外局、運輸省の内部部局から独立した日本専売公社と日本国有鉄道の二公社がまず誕生した。
同時期には、公団という公企業形態も新設されていたが、あえて公社とされたのは、GHQの意向にあわせて、公団が行政機関の一部とされたことや、職員の労務政策も影響している。
[編集] 三公社の確立と民営化
その後、逓信省のいわゆる郵電分離により、1949年(昭和24年)に発足した電気通信省も2年後に公社化され、日本電信電話公社となった。以上をあわせて「三公社」と総称した。1985年(昭和60年)4月には、日本専売公社と日本電信電話公社は民営化解散し、特殊会社に事業を承継。1987年(昭和62年)4月には、日本国有鉄道が、分割民営化により解散し、その事業は特殊会社等に承継され、国が設立した公社形態は一旦消滅した。
[編集] 公社の復活 - 郵政公社誕生
しかしその後、橋本龍太郎内閣による中央省庁改革に伴い、郵政省が総務省に統合され、郵便・郵便貯金・簡易生命保険の郵政三事業が、2年後の公社化を前提として、総務省の外局郵政事業庁に整理された。そして、2003年(平成15年)4月1日、日本郵政公社法(平成14年法律第97号)に基づく日本郵政公社(中央省庁等改革基本法第三十三条に規定する「郵政事業庁の所掌に係る事務を一体的に遂行する国営の新たな公社」)が設立され、1987年(昭和62年)3月の日本国有鉄道分割・民営化以来、国が出資する公社が復活した。ところが、この日本郵政公社も小泉純一郎内閣による郵政民営化法により、2007年(平成19年)10月1日、日本郵政及び傘下の4事業会社(郵便局、郵便事業、郵便貯金銀行、簡保生命保険)に事業を移管・分割して解散した。
したがって、現在、政府(国)の出資する公社は存在しない。
[編集] 三公社と郵政公社の違い
三公社と日本郵政公社の相違点は、役職員の身分の違いである。前者はいわゆる「みなし」公務員であるが、日本郵政公社の役員は特別職国家公務員、職員は一般職国家公務員(ただし、給与法の適用は受けない。)とされたことである。
[編集] 復帰前の沖縄における公社
復帰前の沖縄に於いて設立された法人であって、その名称に「公社」の文字が用いられているもののこと。「琉球電力公社の設立(琉球列島米国民政府布令第129号)」に基づく琉球電力公社、「琉球水道公社の設立(高等弁務官布令第8号)」に基づく琉球水道公社、琉球電信電話公社法(1958年立法第87号)に基づく琉球電信電話公社、「琉球開発金融公社の設立(高等弁務官布令第25号)」に基づく琉球開発金融公社、琉球海外移住公社法(1960年立法第54号)に基づく琉球海外移住公社、琉球土地住宅公社法(1966年立法第66号)に基づく琉球土地住宅公社、沖縄下水道公社法(1967年立法第106号)に基づく沖縄下水道公社などが該当する。
[編集] 参考文献
魚住弘久『公企業の成立と展開 戦時期・戦後復興期の営団・公団・公社』岩波書店、2009