光宗(こうそう)は南宋の第3代皇帝。
生涯 [編集]
1147年、孝宗の子として生まれる。1189年に孝宗の譲位を受け皇帝として即位する。しかし朝廷の実権は上皇となった孝宗が掌握していた。また、光宗も病弱な上に暗愚であったため、皇后李氏による専横を招き、上皇と李氏の対立が発生、光宗も上皇と立太子を巡る対立が原因で不和になった。
1194年に孝宗が死去すると、趙汝愚、韓侂冑などは皇太后呉氏(高宗の皇后)と協力して光宗を廃位し、その子である寧宗が皇位継承者として擁立された。以後は一切の政治と離れ、1200年に54歳で崩御した。
宗室 [編集]
父母 [編集]
皇后 [編集]
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南宋の皇帝(第3代:1189年 - 1194年) |
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| 北宋 |
太祖960-976 / 太宗976-997 / 真宗997-1022 / 仁宗1022-1063 / 英宗1063-1067 / 神宗1067-1085 / 哲宗1085-1100 / 徽宗1100-1125 / 欽宗1125-1127
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| 南宋 |
高宗1127-1162 / 孝宗1162-1189 / 光宗1189-1194 / 寧宗1194-1224 / 理宗1224-1264 / 度宗1264-1274 / 恭帝1274-1276 / 端宗1276-1278 / 祥興帝1278-1279
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