万徳院

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福光寺万徳院
ふくこうじまんとくいん
所在地 山口県岩国市横山3-9-1
宗旨 真言宗
創建年 慶長5年(1600年)頃
開基 吉川広家
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万徳院(まんとくいん)は、真言宗寺院。正式名称は福光寺万徳院。ここではその前身である安芸国大朝舞綱の万徳院(万徳院跡歴史公園)についても記述する。

岩国万徳院[編集]

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに敗れた毛利氏周防長門国へと減封され、重臣であった吉川氏当主吉川広家も周防国岩国へと転封された。吉川氏の本領であった安芸国大朝荘にあった万徳院(後述)を岩国に移転させ、真言宗の寺院とした。慶長11年(1606年)に死去した吉川元春正室新庄局もこの寺に埋葬された。その後は岩国領主吉川氏の保護を受け、現在まで続いている。

大朝万徳院[編集]

岩国万徳院の前身は、吉川元春の嫡男吉川元長天正3年(1575年)頃、安芸国大朝(現広島県山県郡北広島町大朝)に建立した諸宗兼学(宗派関係無くともに学ぶ)の寺院であった。創建当初は本堂と庫裏だけしか存在しなかったが、元長の別邸として利用され、元長の心の支えとなった。元長死後、弟の吉川広家が菩提寺へと改修、石垣や庭園を増築した。吉川広家正室で宇喜多直家娘の容光院も死後、この寺に埋葬された。

慶長5年(1600年)、吉川氏の岩国転封により万徳院は岩国へと移転し、寺跡は放置されて廃墟となった。その後、荒れるがままの状況であったが、昭和61年(1986年)8月28日に「吉川氏城館跡」の一部として国の史跡に指定[1]平成3年(1991年)から広島県教育委員会によって発掘調査が行われ、その後整備を経て現在は歴史公園となっている。平成9(1997年)年9月2日に史跡「吉川氏城館跡」の指定範囲が追加された。

境内跡地には本堂、庫裏、風呂屋、庭園があり、石垣、石段、参道が残り、吉川氏の興隆を偲ばせる。また、整備にともない本堂の規模を原寸大に再現したガイダンスホールや、1月・2月・12月を除く毎月第3日曜に蒸風呂体験が行われている風呂屋が復元されている。

旧万徳院庭園[編集]

庭園は本堂の北側に霊屋と坪庭風小庭、西側に池庭を配しており、鑑賞主軸を二方向持っていたと推定される。平成14年(2004年)9月20日に、 国の名勝に指定されている。

参考資料[編集]

  • 北広島町史
  • 万徳院跡リーフレット(北広島町発行)

脚注[編集]

  1. ^ 『図説 日本の史跡』「6 中世」同朋舎、pp.133 - 134

関連項目[編集]

外部リンク[編集]