ヴォジミエシュ・スモラレク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Włodzimierz Smolarek | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1957年7月16日 | |||||
| 出身地 | アレクサンドロフ・ウッチキ | |||||
| 没年月日 | 2012年3月6日(満54歳没) | |||||
| 身長 | 171cm | |||||
| 体重 | 70kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 1973–1977 1977–1979 1979–1986 1986–1988 1988–1990 1990–1996 |
18 (4) 181 (55) 63 (13) 46 (13) 165 (33) |
|||||
| 代表歴 | ||||||
| 1980-1992 | 60 (13) | |||||
| 監督歴 | ||||||
| 2000-2007 | ||||||
| 1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
||||||
ヴォジミエシュ・スモラレク(Włodzimierz Smolarek, 1957年7月16日 - 2012年3月6日[1])は、ポーランドの元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW。
息子のエウゼビウシュ・スモラレクもサッカー選手で、ポーランド代表として活躍している。
目次 |
経歴 [編集]
スモラレクは1974年にヴィジェフ・ウッチで選手キャリアをスタートすると、1980年にレギア・ワルシャワへ移籍。レギアではズビグニェフ・ボニエクらと共に2度のポーランドリーグ優勝(1981年、1982年)に貢献。ボニエクがイタリア・セリエAのユヴェントスへ移籍した後は、中心選手となり1985年のポーランドカップ優勝に貢献した。
1986年にドイツ・ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトへ移籍。フランクフルトでは1987-88シーズンのDFBポカール制覇に貢献するなどの活躍で人気選手の一人となった。1988年からはオランダのフェイエノールト、FCユトレヒトでプレーを続け、1996年に39歳で現役を引退した。
ポーランド代表としては、1982年に代表デビューを飾り、1982年のFIFAワールドカップ・スペイン大会3位入賞、1986年のFIFAワールドカップ・メキシコ大会ベスト16進出に貢献。メキシコ大会決勝トーナメント1回戦のブラジル戦を最後に代表から退くまで、国際Aマッチ63試合出場13得点を記録した。
引退後は指導者の道へ進み、2000年から古巣のフェイエノールトのユースコーチを務めていた。
2012年3月6日、死去[2]。54歳没。
個人タイトル [編集]
- ポーランド年間最優秀選手賞 2回(1984年、1986年)
外部リンク [編集]
- ヴォジミエシュ・スモラレク - 90minut.pl(ポーランド語)
脚注 [編集]
- ^ Elhunyt a 82-ben vb-bronzérmes lengyel focista origo 2012年3月8日閲覧
- ^ Włodzimierz Smolarek nie żyje Sport.pl 2012年3月7日閲覧
|
|||||