ヴィクトリア・アレクサンドラ (イギリス王女)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヴィクトリア・アレクサンドラ王女

ヴィクトリア・アレクサンドラ・オルガ・メアリー(Victoria Alexandra Olga Mary, 1868年7月6日 - 1935年12月3日)はイギリス国王エドワード7世アレクサンドラ王妃の第2王女。愛称はトリア(Toria)。

略歴[編集]

1868年、ロンドンのシティ・オブ・ウェストミンスターにあるマールバラ・ハウスで、ウェールズ公アルバート・エドワード王太子とアレクサンドラ王太子妃の第4子として誕生した。一月後に、マールバラ・ハウスでロンドン司教Archibald Taitによって洗礼を施された。代父母となったのは、ヴィクトリア女王(父方の祖母)、ロシア皇帝アレクサンドル2世ロシア皇太子アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ(母方の義叔父)、コノート公爵アーサー(父方の叔父)、ヘッセン大公子ルートヴィヒ(父方の義叔父)、ヘッセン=カッセル=ルンペンハイム方伯フリードリヒ3世、ギリシャ王妃オルガ(母方の義叔母)、デンマーク王妃カロリーネ・アマーリエメクレンブルク=シュトレーリッツ大公妃マリーテック公妃メアリー・アデレード、アンハルト=デッサウ公子妃マリー

ヴィクトリア・アレクサンドラ王女は、マールバラ・ハウスやサンドリンガム・ハウスで家庭教師によって教育された。1885年の叔母ベアトリスの結婚式や、1893年の兄ヨーク公爵ジョージの結婚式ではブライズメイドを務めた。

ポルトガル王太子カルルシュをはじめ、何度か縁談の申し込みが舞い込んだが、生涯独身を貫いた。母アレクサンドラが結婚を思いとどまらせたため、と言われている。

母の死まで共に過ごし、そののちはバッキンガムシャーのアイバーに自分の館を建てて生活した。ヴィクトリア・アレクサンドラ王女は村の生活を楽しみ、アイバー園芸協会の名誉会長になっている。

1935年に自邸で薨去。ウィンザー城のセント・ジョージ礼拝堂で葬儀が行われ、フラッグモアにあるイギリス王室の墓所に埋葬された。王女と親しかった兄ジョージ5世は、この死に大変なショックを受けたと言う。