ヴァルター・ベリー
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| ヴァルター・ベリー | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Walter Berry |
| 出生 | 1929年4月8日 |
| 学歴 | ウィーン国立音楽大学 |
| 出身地 | |
| 死没 | 2000年10月27日(満71歳没) |
| ジャンル | クラシック音楽 |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 1917年 - 1981年 |
| レーベル | EMI・DECCA・DG |
目次 |
キャリア [編集]
ウィーン音楽大学でガロスに師事した後、1949年にウィーン国立歌劇場のアンサンブルとなる。
1952年、モーツァルトの魔笛におけるパパゲーノ役でデビューし、翌1953年からはザルツブルク音楽祭のステージにも立つようになる。 以降、ウィーン国立歌劇場のステージには、通算で1228回出演し、40以上のプレミア上演に係わっている。 1955年にはアルバン・ベルクのヴォツェックで主役を演じ、国際的に知られるところとなり、1958年には北米デビューも果たす。 その後、1960年代以降はベルリン・ミュンヘン・ニューヨーク等の主な歌劇場で活躍した。
1963年にはウィーン国立歌劇場の宮廷歌手を拝した。
同年、ベルリン・ドイツオペラと共に来日し、日生劇場での柿落としシリーズとして上演された『フィガロの結婚』でフィガロを演じた。
1981年からはウィーン国立歌劇場名誉団員。1989年からはウィーン国立音楽大学で教鞭を執っていた。
2000年10月、心筋梗塞のためウィーン市内で死去。
レパートリー [編集]
豊かな声量とその表現力から、オペラでの活躍が際立っていた。その外にもリートや宗教曲の録音も幾つかの録音が残されている。 オペラでは、実に100を超えるレパートリーを誇った。 また後年、ハインツ・ツェドニックと共にウィーンの伝統的な歌を歌った録音もある。
下記に主なレパートリーを挙げておく。
- モーツァルト『フィガロの結婚』: フィガロ、アルマヴィーヴァ伯爵
- モーツァルト『ドン・ジョバンニ』: マゼット、レポレロ
- モーツァルト『魔笛』: パパゲーノ
- アルバン・ベルク 『ヴォツェック』 : ヴォツェック
- リヒャルト・シュトラウス 『影の無い女』 : バラク
- リヒャルト・シュトラウス 『ナクソスのアリアドネ』 : 音楽教師
参考文献 [編集]
- 名演奏家事典 ≪下≫ 音楽の友社 刊
- エリザベート・ビルンバウム著『ヴァルター・ベリー伝』(原題:Walter Berry. Die Biografie)2001年 ヘンシェル社刊 – ISBN 3-89487-379-5 邦訳版未刊行
外部リンク [編集]
- [1] 訃報(ドイツ語)