レナード・ラッセル

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レナード・ラッセル

Leonard Russell  No. 32, 42

ランニングバック
生年月日:1969年11月17日(45歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロングビーチ
身長:6' 2" =約188cm 体重:240 lb =約108.9kg
NFLデビュー
1991年ニューイングランド・ペイトリオッツ
経歴
大学アリゾナ州立大学
NFLドラフト1991年 / 1巡目(全体の14番目)
 所属チーム:
通算成績
(1996年までの成績)
ラッシング獲得ヤード     3,973ヤード
ラッシングTD     29回
レシービング回数     122回
レシービング獲得ヤード     846ヤード
出場試合数     85
先発出場試合数     71
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録

レナード・ラッセル(Leonard Russell 1969年11月17日- )はカリフォルニア州ロングビーチ出身の元アメリカンフットボール選手。ポジションはランニングバック

アリゾナ州立大学から1991年のNFLドラフト1巡目全体14番目にニューイングランド・ペイトリオッツに指名されて入団した。1991年には全16試合に出場し959ヤードを走り4タッチダウンをあげてAP通信が選ぶオフェンシブルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いたが2年目の1992年には11試合出場390ヤードに終わった。1993年のシーズン開幕前にボストンナイトクラブで刺される事件もあったが[1]、再び全16試合に出場し1088ヤードを走り7タッチダウンをあげたがNFLへのフリーエージェント制度導入に伴い、彼の代理人はペイトリオッツ以外のチームとの契約を目指したがなかなか興味を持つチームは現れなかった。あるゼネラルマネージャーは彼は良いランニングバックだがもっとヤードを稼げる場面でもプレーを終える場面が多く見られたため我々は彼の獲得に興味はないと言われた[2]

デンバー・ブロンコスと契約した彼は14試合でチームトップの620ヤードを走りAFC5位タイの9タッチダウンをあげたが首の負傷のため最後の2試合は起用されなかった[1]。1995年セントルイス・ラムズでは最初に2試合で1プレーあたり5.4ヤードを稼いだがホールドアウトしていたエースRBのジェローム・ベティスが復帰すると出番が減り、13試合に出場したもののキャリア最低の203ヤードしか走れなかった[1]。シーズン中彼はラムズにトレードに出してもらうよう訴えたが聞き入れられずシーズン終了と共にクビになった[1]。1996年にサンディエゴ・チャージャーズのGM、ボビー・ベサードは5年キャリアのある選手としては最低年俸にあたる275,000ドル及びインセンティブつき契約で彼を獲得した[1]。彼はネイトロン・ミーンズジャクソンビル・ジャガーズに去り、ロドニー・カルバーバリュージェット航空592便墜落事故で失った[1]チームの先発RBとなった[3]がそのシーズンでNFLでのキャリアを終えた。

チャージャーズのヘッドコーチだったボビー・ロスによるとランナーとしてだけでなく、パスプロテクションにも優れており良いレシーバーと評価されている[1]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

先代:
エミット・スミス
AP NFLオフェンシブルーキー・オブ・ザ・イヤー
1991年
次代:
カール・ピケンズ
先代:
ジョン・スティーブンス
ニューイングランド・ペイトリオッツ先発RB
1991年
次代:
ジョン・ボーン
先代:
ジョン・ボーン
ニューイングランド・ペイトリオッツ先発RB
1993年
次代:
マリオン・バッツ
先代:
ロッド・バーンスタイン
デンバー・ブロンコス先発RB
1994
次代:
テレル・デービス
先代:
ネイトロン・ミーンズ
サンディエゴ・チャージャーズ先発RB
1996年
次代:
ゲイリー・ブラウン